「しかし、そんな仕事を請け負ってしまったら、他の日はともかく、肝心のイブに、おまえが瞬とコトに及んでいる暇がないだろう」
至極当然の疑念を発した紫龍に、氷河が澄ました顔で答える。
「去年、俺が城戸邸でしたことをホテルでやればいいだけだ。去年は、クリスマス直前まで敵さんの相手をさせられていたせいでホテルもクソもなくて、イブにはそんなふうだったからな。瞬と手合わせして、その後に雪を降らせて、ムードが盛り上がったところで、第2ラウンド突入。それが終わったら、また雪を降らせて、第3ラウンドに行って、それからまた──」

「まさか、おまえ、最終12ラウンドまで試合経過を報告するつもりじゃないだろうな」
地上の平和と安寧のために使うべき聖闘士としての力を、思いっきり私利私欲のために使っている氷河に、紫龍が軽蔑の目を向ける。
それが尊敬の眼差しに見えたのか、氷河は、仲間たちの前で、誇るように胸と肩を反らしてみせた。

こうなると、星矢や紫龍が、氷河ではなく瞬の味方につこうとするのは当然のことである。
「瞬は、おまえのためにそういう提案してきたんじゃないのか? おまえ、それでも一応、クリスチャンてことになってるらしいし」
「クリスちゃんもコリスちゃんも知らん。俺は、クリスマスには瞬と豪華な部屋で豪華な××をしたいんだ!」
「…………」

正直は美徳だろうか。
だとしても天上の神はたった今、キリスト教徒が犯すべからざる7つの大罪のうち、傲慢、暴食(瞬を)、色欲、強欲、憤怒の5つまでを同時に犯して恥じない氷河の正直を嘆いているに違いなかった。

19世紀、かのフリードリヒ・ニーチェは、その著書『ツァラトゥストラはかく語りき』において『神は死んだ』と宣言した。
人は、キリスト教道徳に代わるものを作り、人間の退廃を克服しなければならないのだと。
そして迎えた20世紀は、人間(性)が死んだ時代と言われ、この分でいくと、21世紀には地球が死んでもおかしくない。

そんな今、この時代、氷河の望みは時代を20世紀に逆行したように人間的──むしろ動物的──だった。
その氷河にしてみれば、クリスマスを敬虔に過ごそうなどという瞬の提案は、時代を更に神の生きていた19世紀にまで遡ろうとする愚行に思えたのかもしれない。
さすがの氷河も、そこまでの懐古趣味は持ち合わせていなかったのだろう。

「クリスマスくらい瞬の望みを叶えてやったらいいだろ。おまえ、いつも我儘言ってるんだしさぁ」
「まったくだ。クリスマスくらい俺の願いを叶えてくれてもいいはずだ。どうして瞬は、俺の苦労を理解しようとしないんだ!」
「…………」

氷河と彼の仲間たちの間には、苦労以前にまず日本語理解の問題が横たわっているようだった。






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