「詩?」
氷河が最初に頼ったのは、とりあえず、現在はギリシャ在住・おフランス出身の彼の師だった。
聖闘士には およそ縁のないその単語に、カミュが怪訝そうに眉根を寄せる。

氷河は、カミュの当惑には委細構わず、彼自身の用件を師に伝えた。
「そうだ、詩だ。仮にもおフランス人なら、洒落た恋の詩の一つや二つ知っているだろう。なにしろ、フランスといえばランボーとヴェルレーヌの国だ。俺に恋の詩を作るコツを伝授してくれ。できれば、1時間以内で頼む──お願いします」

瞬の希望に沿うことを急ぐあまり、師への言葉遣いがぞんざいになっていたことに途中で気付き、氷河はさりげなく文末(のみ)を丁寧語に変えた。
幸いなことに、弟子の突拍子のない要望に虚を衝かれていたカミュは、氷河の無礼に気付く余裕がなかったらしい。
彼はまず、不遜な弟子の要求に、4、5分間の沈黙で答えた。
その沈黙の後に、逆に氷河に尋ね返してくる。

「詩……詩とは何だ、答えろ氷河」
「知らんのか?」
「し……知らないわけではないぞ。知らないわけではない……もちろん」
カミュは、どうやら、おかしなプライドのせいで できないことをできないと言うことのできない、例の稀少な人種の一人だったらしい。
カミュに反問された途端に、氷河は、己れの師がこれまで詩などに全く無縁の生活を送ってきたことを確信した。

氷河のその確信が徐々に軽蔑の念に変わっていったのは、カミュが詩への造詣を有していないことを知ったからでは、決してない。
氷河は、ポエマーなる存在を蔑んでいた──むしろ憎んでさえいた──のだから、カミュの文学面での知識の有無など、彼にとってはどうでもよいことだった。
カミュが詩作に興じたことがないという事実は、氷河にしてみれば、むしろ歓迎すべきことですらあったのである。
問題は、今この場に限っては、カミュは氷河にとって“使えない男”でしかない──ということだけだった。

おかしなプライドの持ち主であるところのカミュは、そのプライド故に、弟子から向けられる軽蔑の眼差しに耐えられなかったらしい。
窮地を脱するために、彼は口から出まかせ技を繰り出し始めた。
「知らないわけではない……が、だが、そ……そうだ。恋の詩となれば、やはりゲータレードやハイネケン。本場はドイツだろう。いや、オーストラリアだったか。いずれにしてもフランスではない」

カミュはどうやらゲーテやハイネと言いたいらしい。
かつ、焦燥のあまり、オーストリアとオーストラリアを混同しているらしい。
いらぬ面倒を運んできた弟子をやっかい払いするために、水瓶座の黄金聖闘士は必死のようだった。






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