「私の噂をしていたようだが」 好青年アイオリアに見切りをつけた氷河が、彼に背中を向け約10歩。 氷河が顔をあげたその場所には、真紅のバラを咥えた、泣きぼくろの男が立っていた。 アフロディーテ──無論、愛と美の女神でない方のアフロディーテ──である。 彼は、瞬をいじめた悪い聖闘士である。 氷河にとって魚座の黄金聖闘士は、それ以下ということはあっても、それ以上ということはない存在だった。 故に、氷河は彼の顔を見るのが非常に不快だった。 「お呼びじゃない」 「恋の詩を探していると聞いた」 黄金聖闘士たちは、もしやテレパシー能力でも有しているのだろうか。 氷河が何を説明したわけでもなく、まして助力を求めたわけでもないというのに、彼は既に、氷河がここにいる訳を知っていた。 氷河は、一度は彼を無視して、そのままその場をやり過ごそうとした。 が、すぐに、氷河は、好青年が使えないのなら、むしろ一癖も二癖もある男の方が役に立つのではないかと考え直したのである。 憮然とした表情と口調で、氷河は魚座の黄金聖闘士に訊いてみた。 「いい詩を知っているのか」 「んっふ。私に任せたまえ。詩を捧げる相手はアンドロメダなのだろう? ぴったりの詩を知っている」 「ほう?」 氷河が『ではどうぞ』とアナウンスする前に、泣きぼくろの男は、その詩を吟じ始めた──もとい、歌い始めた。 まさに自分に酔いまくった人間そのものの アフロディーテ推奨の恋の詩は曲付きだったのだ。 「君が逝く時には、この僕も逝く時だ。 思い起こせ剣をおいて 君を抱くのはひとりの男〜♪」 歌っている男は気に入らないが、詩そのものは、確かに使える部分がないでもない。 ロレンツォ・ディ・メディチの『バッカスとアリアドネの勝利の歌』しかり、ゲーテの『野ばら』や『魔王』しかり、古来より、素晴らしい詩には曲がつけられるものと相場が決まっている。 この詩もそれなりの優れものであるに違いない──と、氷河は思った。 氷河は少しばかり気を惹かれて、魚座の黄金聖闘士に、その詩の出所を尋ねてみたのである。 「誰の詩だ? 聞いたことのない詩だが」 「この名作を知らないのか? キャラクターデザイン・ありゃきしんご、アニメ『ベルサーチのばら』のエンディングテーマ曲だ」 氷河の無教養を馬鹿にしたような顔でアフロディーテは答え、その答えを聞いた途端、氷河はいかんともし難い脱力感と失望に襲われた。 「邪魔したな」 アフロディーテの脇をすり抜けようとした氷河の腕を、魚座の黄金聖闘士が掴みあげる。 「おいっ、せっかく私がぴったりの詩を探してきてやったのに、何が不満なのだ !? 」 氷河は、アフロディーテの手を即座に振り払った。 そして、言った。 「そんなこともわからんのか」 「わからん。説明しろ」 「著作権が有効なんだ」 そんなことも考慮しない輩がいるから、WEBの世界ではパクりパクられ騒動が絶えないのだと憤りながら、氷河は彼の“不満”の内容をアフロディーテに投げつけた。 魚座の黄金聖闘士が、氷河の指摘を受けて、妙に毒気の抜けた顔になる。 「そういう問題か」 「そういう問題だ」 「では仕方がないな。別の路線で頑張りたまえ」 「ああ」 アフロディーテは存外に物分りよく、それであっさりと氷河を解放してくれた。 おそらく彼は、『ベルサーチのばら』エンディング曲に代わる持ち歌を準備していなかったに違いない。 |
■注■
微妙に替え歌です。 こんなことをするやおい書きがいるからWEBの世界では(以下略)。 |