瞬のメール交換の相手が本当は何者なのか。
瞬自身にも確かめられないことを責めても詮無いことである。
氷河に言いこめられて口をつぐみ、瞼を伏せてしまった瞬に、氷河は別のことを尋ねた。

「で、なんて答えたんだ」
「え?」
「友だちの作り方」
これはなかなかに興味深い問題である。
瞬が“マモルくん”に返した答えを、氷河はぜひとも知りたいと思った。

「見ること……って」
「へえ?」
小馬鹿にしているようにも見える氷河の相槌に、瞬は引っかかるものを覚えたらしい。
瞬は少し意地を張ったような顔になり、自分の意見を主張し始めた。

「見るって大事なことでしょ。好きで関心があるから、視線がその人に向くんだもの。見えてくるんだもの。その人の好きなもの、興味のあること、嫌いなこと、見てればわかる。わかったら、同じものに興味を持てて、同じものを好きになれて、話が合えば打ち解け合うことだってできるかもしれないじゃない」

「なるほど」
瞬が懸命に自らの意見を力説する様が可愛くて、氷河は笑いながら頷いた。
あいにく氷河のその微笑は、瞬の目には嘲笑の一種に見えたらしく、瞬はこころもちきつく唇を引き結んだ。

「馬鹿にしてる?」
瞬が拗ねた顔で、氷河を問い質す。
氷河は軽く横に首を振った。
「してない。相手を見ずに、友だちという器だけを欲しがるとろくなことにはならないだろう。おまえの言うことは正しい」
「うん!」

氷河の賛同を得た途端に、瞬はほっとしたような笑みを浮かべ、僅かに強張らせていた肩から力を抜いた。
どうして瞬はいちいちこう可愛いのだろうと、氷河は内心で苦笑していたのである。
だが、だからこそ、瞬が自分に内緒で、どこの誰とも知れない人物とメールのやりとりをしていたことが、氷河は気に入らなかったのである。
それだけならまだしも。

数日前に、瞬の携帯電話のアドレスに、“ワタナベマモルの兄”と名乗る人物から、
『突然申し訳ありません。直接お話ししたいことがあるので、お会いいただけませんでしょうか』
という内容のメールが届き、数回のやりとりのあと、瞬と“マモルくんのお兄さん”との間に直接会う約束ができていた──と聞かされた氷河が 心穏やかでいられるわけがない。

「マモルくんと僕とのことがご家族に知れて、何か不都合が起きたんじゃないかって不安になって……」
だから、瞬は、その提案を受け入れたのだと言う。
氷河は最初、呆れてものが言えなかった。
当然、瞬の決定に反対した。

これまでの“マモルくん”とのやりとりが、アポイントメントセールスの単なる前哨戦で、相手を信用してのこのこ出掛けていった瞬が、“マモルくんの兄”なる人物に数十万もする布団や印鑑を売りつけられることにはならないと、いったい誰に言えるだろう。
否、被害がそれだけで済むなら、まだましである。
氷河の不機嫌と不愉快と懸念の理由は、本当はそんなところにはなかった。

「おまえ、マモルくんとやらに写真を送ってないか?」
「一度だけ。『女の子だったのか?』ってメールが来て、『違うよ』って返事した」
瞬の答えに、氷河は、渋い顔で大きく頷いた。
思った通り、である。

「それを見て、不届き千万な考えを抱いたんだな」
「不届き千万な考え──って、氷河じゃあるまいし」
瞬は、氷河の懸念を当然のことと思うどころか、全く意に介していなかった──瞬はおそらく、日本でいちばん強い青少年なのだから、その油断も当然のことではあったろうが。
会見の場として指定された場所が、人目のあるホテルのティーラウンジだったことも、瞬の安心(氷河にしてみれば、油断)の材料になったらしかった。

「だから、明日、俺とのスクリャービンの競演コンサートには付き合えないと、おまえは言うわけだ。」
「うん。滅多にないプログラムで残念なんだけど、次の機会にまた誘ってくれる?」
「いいだろう。スクリャービンは次の機会にしよう。明日、俺は、おまえと一緒に“マモルくんのおにーさん”とやらに会いに行く」

瞬に反論を許さない断固たる決定事項として、それは瞬に言い渡された。






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