“マモルくんのお兄さん”は、仕立てのいいスーツを着た30前後の青年だった。
小学5年生の男の子の実兄にしては歳がいきすぎているようにも見えたが、セールスマンにも見えない。
彼は、むしろ硬い印象が強く、先入観なしに見たのであれば、氷河は彼の職業を公務員か銀行員と察していたことだろう。

彼を一瞥するなり、氷河はムッとした。
瞬の会見の相手はセールスマンに違いないという予想が外れたからではない。
“マモルくんのお兄さん”が長身で整った造作の持ち主だったからである。
氷河が彼を気に入るはずがない。

「あの……僕の友人なんですけど、どうしてもついてくるってきかなくて……同席しても構いませんか」
ウエイターに案内されたテーブルの席に着く前に、そして、自分の名を名乗る前に、瞬は、“マモルくんのお兄さん”に氷河の同席の許可を求めた。
なにしろ、瞬に自己紹介も忘れさせてしまうほどに氷河の不機嫌の色は露骨で、瞬は初対面の相手の前で気まずくてならなかったのである。

「当然の用心です。突然見知らぬ相手から面会を求められたのですから」
少し表情を和らげて、“マモルくんのお兄さん”が瞬に頷く。
彼の返答に、瞬はほっと安堵の息を洩らしたが、氷河は彼のその良識的な対応も気に食わなかった。
氷河はとにかく── 一刻も早く──“マモルくんのお兄さん”の欠点を見つけ出したかったのである。

「ここのケーキとお茶はおいしいそうですよ。友人に聞いて、この店を選びました。瞬くんは甘いものがお好きなんでしょう?」
ウエイターが差し出したメニューを受け取った瞬に、“マモルくんのお兄さん”がさりげなく勧めてくる。
実際、メニューに載っているケーキの説明書きに視線が釘付けになっていた瞬は、彼の言葉にぱっと頬を上気させた。
とりあえずケーキは後日にまわすことにして、今回はお茶だけで済ませようと、瞬は考えていたのである。

「マモルくんから聞いたんですか? 僕が甘いものに目がないって」
「マモルは何でも教えてくれました。『瞬は甘いものが好きで、大切な友だちがいて、女の子に間違われることに慣れていて』──本当に可愛らしい」
“マモルくんのお兄さん”の口から出てきた実にストレートな褒め言葉のせいで、氷河の仏頂面がますます険しさを増す。

瞬は瞬で、自分の(メールでの)お喋りに、今になって慌てていた。
自分が“マモルくん”と実際に会うことはないだろうという安心感から、瞬は、携帯電話の向こうにいる小学生の男の子に、かなり個人的なことまで語ってしまっていたのだ。

「瞬は優しくて辛抱強くて──本当に優しいんだと、マモルく……マモルは言っていました」
“マモルくんのお兄さん”が、弟からの伝聞の内容を確かめるように瞬を見詰め、しみじみと、どこか重い口調で呟く。

“マモルくんのお兄さん”──ワタナベマサトと名乗った──の何もかもが、氷河は気に入らなかった。






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