“マモルくんのお兄さん”は、やはりセールスマンではなかったらしい。
瞬の許しを得ると、彼は、『これから仕事があるので』と断わりを入れて、上着とテーブルの上にあったレシートを取り、立ちあがった。

「あ……」
自分だけがケーキセットを食べていた瞬は、彼の手にあるレシートに戸惑い、すがるような視線を氷河に向けたのである。
瞬の意を汲んだ氷河はすぐさま席を立ち、
「俺のコーヒー代はともかく、おまえの飲食代を他の奴に払わせるわけにはいかないからな」
と瞬に言い置いて、“マモルくんのお兄さん”の後を追いかけた。

店の入り口の脇にあるレジカウンターで精算を済ませた“マモルくんのお兄さん”の腕を掴んだ氷河が彼に告げたのは、だが、瞬のケーキ代の話ではなかった。
「名刺をよこせ。持っているんだろう」

氷河の睥睨におじけたわけではないようだったが、“マモルくんのお兄さん”は、心配そうな眼差しを二人の男に向けている瞬の上にちらりと視線を投げてから、瞬に見えないように身体の向きを変え、氷河が求めるものを彼の手の中にすべり込ませた。

「……瞬くんには内密に。明日、6時以降受付に来てくれ。外科のカツラギと言えば通じるようにしておく」
“マモルくんのお兄さん”から渡された名刺の苗字は『ワタナベ』ではなかった。






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