「つい半年まで、マモルくんはとても我儘な子だったんです。寂しさと不安の裏返しだったんでしょうが、とても攻撃的で、周囲の人間を傷付けて溜飲をさげているようなところがあった。だが、それが、瞬くんとメールのやりとりをするようになってすっかり変わってしまった」 成長期に入った子供の身体の中で、80を過ぎた老人のそれよりも頼りない瀕死の心臓が、懸命に自らの仕事を続けようとする。 発作の間隔は狭まり、苦しみは増しているはずなのに、ワタナベマモルは泣き言ひとつ言わない患者になっていた──らしい。 「死の3日前です。私は、彼が病室に、禁止されている携帯電話を持ち込んでいたことを知らされました。──瞬くんのことも」 『僕が死んだら、瞬はきっと、メールが来なくなったことを心配するから……。僕は本当は病気じゃない、ただの弱虫で、けど瞬のおかげで勇気出して学校に行って、友だちも作ったって、先生、瞬に言ってよ』 社会も学校も知らないその子供は、大人びた目をして、6年間自分の心臓を見守り続けてくれていた医師に頼んだのだそうだった。 おそらく、母親には頼めなかったのだろう。 回復を期待できない子供を見ていることに疲れ、しかも、その子供をまもなく失おうとしている不幸な母親には。 氷河には、ワタナベマモルの気持ちがわかるような気がした。 「マモルくんは本当は小学5年生でした。だが外見はせいぜい2、3年生くらいにしか見えない子だった。その小さな子供が、健気に、大人にもできないほどの深慮を示すのに、私は──」 感動し、そして、己れの無力を思い知らされたのだろう。 ワタナベマモルの兄として瞬に頭を下げた時、彼は、瞬の明るい笑顔に、医師として屈辱を覚えてさえいたのかもしれない。 氷河があの時 垣間見たのは、それゆえの苦渋──だったのかもしれなかった。 「……瞬には言えないな。あれはきっと泣く」 「──そんなふうでしたね。マモルくんは本当に幸運だった」 学校生活、同年代の友人、日々起こる小さなトラブルや喜び──健常者なら義務のように経験できることをほとんど経験することなく、10代になったばかりで死んでいった子供を、彼の主治医は迷いもなく『幸運だった』と言い切った。 そうだったに違いないと、氷河も思った。 |