「氷河、どこに行ってたの」
城戸邸に帰還した氷河を待っていたのは、泣き虫の、一見したところでは子供のように華奢で頼りなげな風情をした少年だった。
その少年が、険しい目をして氷河を睨んでくる。

「……昨日の奴のところだ。二度とおまえを呼び出さないようにと釘を刺してきた」
「氷河!」
責めるように氷河の名を呼ぶ瞬に、氷河は大仰に肩をすくめてみせた。
「本当にアポイントメントセールスの類じゃないのかを確認しに行ってきたんだ。そんなのに引っかかって、何十万もする布団のセットを押しつけられてはたまらないし、おまえを騙すような奴をのさばらせておくわけにもいかないだろう」

「それで……?」
既に行なわれてしまったことを責めても詮無いことである。
氷河の弁明を聞き流し、瞬は不安そうな目を氷河に向けた。
良い結果でないのなら、できれば聞きたくないと考えていることが、氷河にはわかった。

「職場を出るところを捕まえて、自宅まで押しかけたんだが──」
「氷河……」
氷河の行動力(図々しさとも強引さとも言う)に、瞬が一瞬ぽかんとした顔になる。
氷河が確かめたいことを確かめるためだけなら、彼は“マモルくんのお兄さん”に接する必要もないではないか。

さすがの瞬が、氷河に一言物申そうとして開きかけた口を、氷河は自らの言葉で遮った。
「弟は元気そうにしていた。おまえの知り合いとは名乗れなかったが、おおむね、あの男が昨日言ったことと合致していたな」
「あ……」

氷河が確かめてきたことを知らされた瞬の瞳の色が、目に見えて穏やかになる。
瞬の全身を包んでいた緊張感が霧消するのを見て、氷河は、彼自身こそがまとっていた緊張を緩めることができた。

「人を疑う人が利口とは限らないんだから」
「全くだ」
瞬の垂訓に、氷河が素直に頷いてみせる。

そんな氷河の様子を見詰める瞬には、だが、氷河がなぜそこまでの行動をしてしまうのか、その訳がわかっていた。
氷河は彼自身のためになら、そんなことは決してしないのだ。──面倒くさがって。
氷河がそんな図々しいことをしてのけたのは、騙されやすい仲間の身を案じたためなのだということがわからない瞬ではない。

「ほんとは僕のこと心配して、わざわざ確かめに行ってくれたんでしょう? 嘘じゃないことがわかったら、傷付くのは疑った氷河の方なのに、僕のために……。ありがとう」
「…………」
それも好意的に過ぎる見方だとは思ったが、氷河はあえて反論しなかった。
解かずにいた方がいい幸運な誤解をわざわざ解くような真似をするほど、氷河は不粋でもなく馬鹿正直でもなく──そして、大筋のところで瞬の好意的解釈は当たっていた。

「マモルくんのメールアドレス、削除されたみたいなんだ。元気でねって、最後のメールを出そうとしただけだったんだけど」
「──気まずかったんだろう。子供のすることだ。感謝していても、素直にありがとうと言えないんだ。そういうガキには俺で慣れてるだろう」
「ん……」
「あの兄貴が、これ以上おまえを煩わせないためにしたことかもしれないし」
「うん……」

誰にも悪意がなく、誰もが善意で行動していても、それを寂しく感じることはあり、寂しく思う者もいる。
気落ちしたように頷く瞬を、氷河はラウンジのソファに誘った。






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