「ワタナベマモルはおまえに出会えたことを幸運だったと、あの兄貴に言っていたそうだ。何百何千とメールを出して、マトモな返事をもらえたのはおまえだけだったらしい。最近は、どんな世間知らずな奴にでも、スパムやいたずらメールには返信しない方がいいという知恵がついているからな」
「スパムやいたずらメールを送る人が悪いよね。そんなことで被害者が出れば、誰だって騙されることを警戒する。最初にそんなことをする人がいなかったら、みんな優しいままでいられるのに……」

瞬は少々警戒心に欠けすぎているような気もしたが、氷河はその点には言及しなかった。
瞬は、自分の行為を、人として当然のこと、当然の反応を示しただけだと思っているのだろう。
だが、その“人として当然のこと”を、人はわざわざ“優しさ”という別の単語を使って表現する。

だから、その子供・・は、瞬の“人として当然のこと”に応えたのだ。
哀しいほど大人になることで──。


「氷河……?」
瞬の隣りで、ふいに目を閉じ、会話を途切れさせてしまった氷河に、瞬が怪訝そうな目を向ける。
氷河はすぐに、瞬のために薄い微笑を作った。

「いや、俺も幸運な男だと思って」
「僕もそうだよ?」
「俺に会えたからだろう?」
うぬぼれた振りをして、脂下やにさがったていを作り、氷河はそう言って瞬の肩に手を伸ばした。

瞬が、音を立てて、その手を払いのける。
「氷河たち・・に会えたから!」
「とりあえず、それで満足しておこう」
叩き落とされた手を大袈裟に痛がってみせてから、氷河は浅く顎をしゃくった。
何百何千のメールの中の一つどころではない幸運に恵まれて瞬に出会えた奇跡だけをとっても、彼は自分がこの世に生まれてきたことに感謝し、満足していた。






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