「氷河、どこかに出掛けない?」
瞬の心臓が平生の速さに戻るのはいつも、氷河より3、4分ほど遅い。
それから更に数分間、身体の内に残る氷河の余韻に酔うことをしてから、瞬は、自分の隣りに仰向けに横になっている氷河に言った。

「どこかって、遊園地にでも行きたいのか?」
ついさきほどまで瞬の手足を乱暴に掴んでいた指を、今度は瞬の肩と髪に絡ませ、瞬の身体を引き寄せながら氷河が問い返してくる。

「どこでもいいんだ。知ってる人がいなくて、見慣れたものがないとこなら」
「…………」
小さな声で呟く瞬の顔を氷河が横目に窺おうとする。
瞬は、彼に今の自分の顔を見られたくなくて──氷河の気持ちを明るくできる表情を作れそうにない今の自分を自覚していたので──氷河の裸の胸に頬と額を押しつけることで、氷河の視線を逃れた。

次から次に、倒さなければならない敵は現れる。
強い者、弱い者、愚かな者、独善的な理想に燃えている者、そのようは様々だったが、とにかくそれらの者たちはいつも、倒さなければならない敵として、瞬の前に現れた。
なぜここまで“敵”が絶えないのかと思う。
もしかしたら、本当は、アテナこそが間違っているのではないかと疑い、世界中の人間がアテナの聖闘士の敵なのではないかと考えたこともないではない。

闘いが途切れて、身体を休めることのできる時間が皆無というわけではなかった。
だが、心が休まる時は、瞬にはほとんど与えられなかった。
一つの闘いが終わり、やっと穏やかな時間が訪れたと思うそばから、いずれまた新たな敵が現れるに違いないという不安が、瞬の心を苛む。
そして、その不安は、これまで必ず的中してきた。

「闘いが続いて、滅入っているのか?」
氷河は、無理に瞬の表情を確かめようとはしなかった。
代わりに、瞬の髪に、からかうような愛撫を加えてくる。

「人も……あんまりいないとこがいいな」
氷河の問いかけには答えず、瞬は、自分が求めているものだけを、重ねて氷河に告げた。

「じゃあ、明日、少し遠出をするか」
「うん!」
氷河が、瞬に、瞬の欲しいものを与えてくれる。
瞬は少し表情を明るくして彼の首に両腕を絡め、突然の我儘をきいてもらう代わりに、もう一度、あの闘いに似た行為を受け入れてもいいという合図を氷河に送った。
氷河の手が、すぐに瞬の左の太腿を掴み、自分の上で瞬の身体を開かせる。

氷河との闘いなら、幾度繰り返しても心地良いだけだったし、彼に負けることも勝つことも、瞬は好きだった。
野蛮としか言いようがないような勢いで挑みかかってきた氷河が、瞬との攻防の末に、いつもより少し早く終わるのは可愛いと感じるし、逆に氷河に責められ尽くして、もうこれ以上はやめてくれと懇願させられるのも、瞬にはむしろ楽しいことだった。

だから、そんなふうに人は闘いもやめられないのか──。
他人を傷付ける闘いにつながるものから少しでも離れられるのなら、瞬は、氷河と出掛ける場所はどこでもよかった。





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