「おお、何だ? えらい可愛子ちゃん同伴じゃないか。」 「おまえみたいに愛想のない奴にも、人並みに彼女はできるのか。二枚目は得だな」 5人いる先客のうち、氷河の知人は2人だけらしい。 あとの3人も氷河に名を名乗ったが、氷河に気安く声を掛けてくるのは、最初に氷河の姿を認めた熊のような男性と、もう1人、雪焼けの跡がなければ山男とは思えないほどひょろひょろした体格の男性だった。 その痩せた体躯の男性が、氷河をからかってから、ふいに真顔になる。 「大丈夫なのか。山に登る格好じゃないぞ、おまえも彼女も」 知人の心配を、氷河は顎をしゃくって受け流した。 「今回はここより上には行かない。それに、瞬はあんたたちの10倍もたくましいからな。心配は無用だ」 「冗談を言ってる場合じゃないぞ。冬の山を舐めるとどういうことになるか……。3合目からの下山にだって危険は伴う」 遠慮と屈託のない山男たちと思われた彼等は、実は場にそぐわない“か弱い少女”に、当の少女以上に戸惑っているらしい。 まるで好きな女の子に反発する小学生の男の子のような態度で──彼等は、瞬を正面から視界に収めることも遠慮しているようだった。 瞬が、場を取り繕うように笑顔を作る。 「あ、大丈夫です。僕、ほんとに、へたすると氷河よりたくましいので」 「お嬢ちゃんもジョーク言ってる場合じゃないんだよ」 相手を、冬山の恐さを知らない素人と知った小学生が、急に大人の顔になり、瞬を諭し始める。 「氷河よりたくましいって、こいつの体力を知ってるのか? こいつは、猛吹雪の中、ここより800メートルも上のポイントでフォーストビバークしていた男を二人も抱えて戻ってきたことのあるバケモノなんだぞ」 「え……」 氷河がこんなところで人命救助をしているとは知らなかった。 知らされていなかったことに、瞬はまた拗ねようとしたのだが、この気の良さそうな山男たちのいる場では、そういう感情を抱くことがあまり適切なことに思えない。 なので、瞬は、拗ねる代わりに、 「氷河と僕がいれば、4人までは大丈夫です」 と言って、部屋の隅に置かれていた20リットルの石油ポリタンクの取っ手を人差し指に引っかけ、軽々と持ち上げてみせた。 もちろん中身は入っている。 びっくりした熊男が目を剥いて2、3歩後ずさり、その場にあった木製の椅子に尻餅をつく格好ではまりこむ。 それまで氷河たちとは別のストーブを囲んでいた3人も、瞬の芸当に驚愕して、瞬たちのいる方に寄ってきた。 「どうせ助けられるなら、俺は、二枚目面した外人より、こっちの嬢ちゃんの方がいいなぁ」 「俺は御免こうむるぞ。こんな細腕の女の子に救助されるなんて、男の沽券に関わる。俺は意地でも自力で下山する」 瞬の芸は、その場に何となく出来上がっていた初対面同士の遠慮の垣根を取り除くのに役立ったらしい。 瞬が尋ねると瞬の知らない氷河のエピソードを次々に語ってくれる山男たちに、瞬は好感を持った──親しみを覚え始めていた。 あまり上品とはいえない単語が飛び出てくることもあったが、彼等は基本的に気のいい素朴な性格の持ち主たちばかりらしい。 瞬は今更 自分が少女と勘違いされていることを訂正する気にもならなかった。 |