『僕の場所に、僕は帰るよ』
瞬の出した答えを聞いて、氷河は表情には出さずに瞳だけで微笑んだ。

氷河はどうやら、瞬が辿り着いたその答えを嬉しく思っているらしい。
その様子を見て、瞬はわずかに口をとがらせた。
「どうした」
「僕が氷河だけじゃ足りないって言ってるのに、氷河ってば嬉しそうなんだもの」

氷河を責めながら、瞬は窓際を離れ、氷河の側に歩み寄った。
氷河の真正面に立ち、上目使いに彼の青い瞳を睨みつける。
が、瞬の睥睨を、氷河は脅威とも思っていないらしい。
彼の瞳は相変わらず嬉しそうに輝いていた。

「“世界”を放っておけるようなおまえだったら、俺はおまえに惚れたりはしなかった。俺が惚れたのは、まあ、おまえを含むこの世界全部だな」
「……氷河って博愛主義者だったの?」
「そんなことを訊かれたのは初めてだ」
「答えになってない」
「俺をそういうふうに変えたのはおまえだろう」

──自分の愛する者が見つかったら、世界など放っておけ──
「世界を放っておいても構わないと思うことができるのは、愛する者がいない人間だけだ、多分」
そう言って、氷河は瞬の身体を引き寄せ、抱きしめた。
氷河の胸の中で、雪と氷を操る聖闘士の腕と心とが 古いストーブなどよりはるかに温かいことの不思議を、瞬は思った。

「こうやって、おまえを抱きしめている時、俺は世界を全部抱きしめているような気になるぞ。俺が世界の支配者なんだという気になる」
「世界の支配者?」
随分と誇大妄想的なことを語りだした氷河に、瞬は彼の胸の中で小さく笑った。

「そして、この地上を我がものにしようとして闘いを挑んでくる馬鹿共が哀れになる。そういう奴等は、俺にとってのおまえのような存在がないから、闘いなんてものをしたがるんだろうと思う。欲求不満で攻撃的になってるんだな」
それはなかなか斬新な意見だった。
愛する者がいないから、敵が敵としてアテナの聖闘士たちの前に現れるのだという氷河の考え方は。
瞬は、だが、彼のその考えを否定できなかった。

「じゃあ、僕がこうして氷河を抱きしめたら、僕が世界の支配者?」
代わりに瞬は、氷河の背に左右の腕をまわして、彼に尋ねた。
「そう感じないか?」
氷河が笑いもせずに反問してくる。

瞬が氷河の胸に頬を押し当て瞳を閉じると、瞬の頬越しに、氷河の鼓動が瞬の中に響いてきた。
世界が生きている音だった。
「……感じる。僕は世界を守るために闘ってる」

この鼓動を守るためになら、どれほど泣くことになっても、どれほど傷付くことになっても構わない──と思う。
そうしたくはなかったが、“敵”を傷付けることもできてしまうだろう──とも思った。
大切な人を守りたいと思う心は、どうしてこれほど切ないものなのか──瞬は、目の奥が熱くなり、涙を零さないために、更に強く氷河の胸に頬を押し当てた。

その痛みに耐えること。
それが、瞬の選んだ“世界の愛し方”なのだ。





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