生きのびたことが不思議だった。 死を覚悟した。 実際、自分は死んだのだと錯覚した瞬間もあった。 でも、今、僕は生きている。 「こうしていられることが不思議。僕たち、冥界のあの花園の中で死んでてもおかしくなかったのに」 僕は、僕の顔を覗き込むようにして僕に身体を重ねている氷河の金色の髪の一房に指を絡めながら、そう言った。 氷河がそれには何も答えず、表情もあまり変えずに、その唇を僕の瞼に寄せてくる。 それが僕の睫毛に触れる直前に、僕は反射的に目を閉じた。 生きて生者の国に帰ってくるなり、僕と氷河は、身体もまだ本調子じゃなかったのに、こういう仲になった。 僕たちが性急だった理由は、おそらく、冥界の王との闘いが、これまでのどの闘いよりも死を間近に感じさせるものだったから──だ。 あの闘いで、命の時間が限られていることを、僕たちは、これまでのどの闘いよりも強く思い知らされたんだ。 とはいえ、僕たちがいつか本当に自分の命を終えた時、僕たちが赴く世界があの冥界だとは、僕は思っていない。 あの冥界はあまりにキリスト教的にできすぎていて、ハーデスが遊びで作ったパノラマ世界のようだったから。 あれが本当に死者たちの世界だとは、僕には思えないんだ。 あれはハーデスの遊び場。 もしかしたら、あれを生者に垣間見させることで、死後の世界は虚無ではないと人間を安心させるための道具に過ぎなかったじゃないかとさえ、僕は思う。 あるいは、冥界の王の力を誇示するための。 冥王による死後の審判があると知れば、生きている者は死後の懲罰を怖れて、より善く生きようと努力するだろう。 死後の世界の存在は、生者の限りのない傲慢や強欲を抑制する力になる。 ハーデスは──束の間とはいえ、その意思をこの身に宿していたから感じるんだけど──ただの人間には理解しきれないくらい、その心は複雑だった。 彼が表層で考えていることは僕にもわかったけど、その奥にあるものを、彼は決して僕にさらけ出そうとはしなかった。 ──そうされていたら、僕は人智を超えた“それ”のせいで、気が狂っていたかもしれない。 「……本当は死んでいるのかもしれないぞ。今俺がいるここは天国だ」 僕の中に生きているものならではの証を吐き出した氷河が、息も荒げずに、僕に言う。 氷河のセックスは何というか──とてもクールだ。 情熱的だし、恐いくらいに獣じみて激しいけど、激情の時が過ぎると、普通の人間にはありえないほどすぐに、氷河は冷静になる。 欲望や、抗い難い衝動にかられてではなく、まるで理性の司る意思の力で僕と交接してるみたいに。 逆に僕の方は、氷河に操られ翻弄されて、馬鹿みたいに我を失うんだ。 初めての時からそうだった。 僕は勝手に、氷河はおやつにむしゃぶりつく子供みたいにがむしゃらなセックスをするのだろうと思い込んでいたから、あの時には、想定外の氷河のやり方に、ひどく驚いたものだった。 氷河のそんなやり方にはもう慣れたし、氷河とのそれはとっても気持ちいいから、僕には文句をつける筋合いもないんだけど。 |