闘いを、瞬は好きではなかった。
人を傷付けることは嫌だった。
できることなら闘いなどというものはこの世界からなくなってほしいと思い、いつかは聖闘士という存在自体が不要のものになればいいと願っていた。

だが。
闘いが存在しなければ、二人が闘い続けていなければ、自分が聖闘士であり続けなければ、氷河は自分と共にいることに意義を感じなくなるのかもしれない――。
その可能性を思うことは、瞬にはほとんど恐怖だった。

その恐怖を忘れるために、瞬の肩口をねぶっている氷河の髪に、瞬は自分の指を絡ませ押しつけた。
もし自分が聖闘士でいられなくなったら、氷河は、聖闘士でなくなった者をこんなふうに愛撫し抱きしめることもしてくれなくなるのである。
いつもなら炎のように熱いと感じる氷河の唇の感触を、瞬は今は氷のように冷たいと感じていた。
だが、今更それなしで生きていくこともできない。
瞬は、氷河の髪に絡めていた指先に、更に力を込めた。

「あ……?」
氷河がふいに、瞬のその手を払いのけて体勢を変えようとする。
それが氷河の拒絶のように思えて、瞬は掠れた悲鳴をあげた。
氷河の冷たい唇が、瞬の首筋から瞬の唇の上に戻り、その悲鳴を飲み込む。
瞬の胸に伸びた氷河の手は、腹部を辿って瞬の脚へと移動し、そこで新たな愛撫を開始した。

「……んっ」
氷河に拒絶されたと感じたことはただの杞憂だったのだと安堵した瞬は、ほっと息をついて、再び氷河の首に腕を絡めようとした。
実際にそうして、瞬は自らの腕に力を込めた。
氷河を自分の身体に縛りつけようとするように。
瞬はそうせずにはいられなかったのである。
だが、氷河が、瞬にそうすることを許してくれなかった。

「瞬。そんなに強くしがみつかれたら、何もできない」
「あ……」
言われて瞬は、氷河の身体を我が身に縛りつけようとしていた手を慌てて離し、それをシーツの上に投げ出した。

氷河は、だが、瞬への愛撫を再開しようとはしなかった。
代わりに瞬の顔を覗き込み、尋ねてくる。
「どうしたんだ」
「ど……どうした……って?」
「いつもと違う」
「いつも通りだよ」
「…………」

氷河は、瞬の言葉を言葉通りに受け取ったわけではなかった。
しかし、今は、瞬の挙動不審の訳を確かめることよりも、もっと差し迫った問題があって――つまりは、氷河の某所が早く瞬の中に収まりたいと血気に逸っていたので――氷河は、そちらの方を優先させることにしたのである。

これまでにも幾度かあった些細な行き違いや誤解や意地の張り合いを、その行為が緩和させ解決してきた実績もあったので、氷河は瞬の様子がいつもと違うことも、それでどうにかなるレベルのことかもしれないと安易に考えたのである。
むしろ、普段より気弱げな瞬の様子に、氷河は少々嗜虐めいた感情をそそられて、興に乗っていた。

わざといつもより乱暴に、そして無造作に、瞬の膝を折り曲げ、それを瞬の胸近くまで持っていく。
外見は――顔も身体も――清楚・清潔としか表現しようのない瞬に そんな体勢を取らせているという事実を認めるだけで、氷河の身体と感情は高揚した。

瞬が多少の無理は許してくれることを承知の上で、そのまま瞬の中に力任せに押し入る。
いつもなら その衝撃と痛みに悲鳴をあげる瞬が、今夜はそれをしなかった。
そうする代わりに瞬は、それまでシーツの上に置いていた腕を氷河の背に運び、氷河に力いっぱいしがみついてきた。

それが、体内に侵入してきたものに加えられる痛みを耐えるための所作だったなら、氷河とて瞬のしたいようにさせておいただろう。
痛みを喜悦に変える技に優れている瞬の腕は、すぐにその力を緩めるのが常のことだったから。
そして、瞬の身体と感覚は、歓喜に喘ぐことに夢中になっていくのだ――いつもなら。
だが、今日の瞬は、いつもと違っていた。






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