氷河の背にまわされた瞬の腕は、一向にその力を緩めない。
氷河を受けとめた場所も瞬の脚も、氷河から自由を奪い、氷河のすべてを自身の中に閉じ込めようとするかのように、きつく緊張していた。

「瞬、教えただろう。そんなに強く抱きつかれたら、俺が――」
氷河は、瞬の左の二の腕を掴みあげて、それを自身の身体から引き剥がした。
瞬の腕の束縛から解放された身体を、逆に前方に押し進め、引き、再度乱暴に瞬の中に押し込む。

「ああああ……っ!」
絶望と歓喜が入り混じっているような瞬の声が、氷河の耳を心地良く刺激した。
「俺が、こうできない」
瞬にそう告げる氷河の声音が、ものを知らない子供を教え諭すような響きを有しているのに、瞬は泣きたい気持ちになった。

瞬は今は氷河を離したくなかった。
だが、その我儘を通すことが、氷河が快楽を得るための運動の妨げになることも、瞬にはわかっていた。
だから、瞬は、そうすることに身体を引き裂かれるような苦痛さえ覚えながら、氷河の背に置いていたもう一方の腕もシーツの上に投げ捨てたのである。
氷河がそうしたいと言っているのだから仕方がない。
今の瞬は、氷河に対して我を張り通す勇気は持てなかった。

「瞬、おまえ嫌なのか?」
自由になった身体で、自分の快楽を得るための運動を始めるのだろうと思っていた氷河が、だが、瞬の予想に反して、気遣わしげに瞬に尋ねてくる。
「あ……」
固く閉じていた瞼を開けて氷河の青い瞳に出会った瞬は、自分のしたことが別の意味で氷河を不愉快にしてしまったのではないかという不安に捉われ、急いで横に首を振った。

「いやじゃない……いやじゃないから、やめないで」
そう告げる瞬の瞳には涙がにじみ始めていた。
瞬の様子が尋常でないことに気付いて、氷河はさすがに躊躇を覚えたらしい。
“面倒が少なくていいだけの性行為の相方”である瞬に、氷河は重ねて問うてきた。
「瞬、俺はおまえに無理を強いているのか」
「そんなことない。やめないで、もっとして、やめないで……!」
瞬はほとんど哀願するように、氷河に訴えたのである。
この悲しい行為を拒むことで氷河に拒まれ、嫌われてしまったら、瞬は聖闘士でいても氷河を失うことになる。
闘いに耐えることさえ無意味になる。
瞬は、そんな事態だけは避けたかった。

胸中に割り切れないものを残している表情で、氷河は瞬と繋がったまま、瞬の唇に唇を重ねてきた。
その唇で瞬に囁く。
「もう少しだけ我慢しろ」
瞬は、氷河のその言葉にも必死で左右に首を振った。
「我慢なんかしてない。僕は氷河にこうされるのが好きなの……!」

「…………」
瞬のその言葉を嘘だと決めつける根拠を、氷河は持っていなかった。
それは氷河には嬉しい言葉であり、あえて否定したい言葉でもない。
その上、大きく乱れ始めている息の下から必死に氷河に訴えてくる瞬の様子は 健気としか言いようがなく──それは氷河の心身を大いに刺激してくる。

氷河は、瞬に望まれたからではなく、自分の身の内の衝動を抑えかねて、瞬に望まれたことを再開した。
氷河の律動に従って瞬の身体が頼りなく揺れ、氷河にしがみつけない分、声で絡めとろうとするかのように、瞬は氷河の名を呼び続ける。
「氷河、好き、氷河、好き、やめないで……っ!」

繰り返される瞬の声は、ほとんど涙声だった。






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