瞬の不可解な行動の訳に、最初に気付いたのは紫龍だった。 闘いと その結果として人を傷付けることを何よりも嫌う瞬が、これほど聖闘士でいることにこだわる理由。 思い当たることは、紫龍には一つしかなかった── 一つだけあった。 「あー、瞬。おまえ、誤解してるだろう」 紫龍は、氷河にしがみついて涙にむせんでいる瞬の肩に向かって そう言ったのだが、 「誤解?」 彼に反問してきたのは、瞬ではなく氷河の方だった。 紫龍が、それでも、あくまでも瞬に向かって言葉を紡ぎ続ける。 「氷河が、面倒がなくていいから聖闘士のおまえとくっついていると言ったのは、この馬鹿の大嘘だ。ただの照れ隠し」 「え……」 そこまで言われて、瞬はやっと顔をあげた。 涙でいっぱいの瞬の瞳は、いつもの2割増しで大きく見える。 細腕1本で── 一般人を巻き込む大惨事を起こしかけた驚異の力の持ち主の表情は、紫龍の目にも、ありえないほど幼く可愛らしく映った。 『流星拳100発分』は、誇張でも何でもないのかもしれないと、紫龍は、内心で溜め息をつきながら思ったのである。 「瞬、おまえ、氷河のあれを真に受けてたのかよ〜っ」 星矢でさえしっかり憶えていたことを、 「あれとは何だ」 当の本人は、無責任にもすっかり忘れ果てていた。 それは、彼の本心ではなく、仲間の前で体面を保つために咄嗟に口を突いて出た出まかせだったのだから、氷河の無責任は、この場合 致し方のないことだったかもしれない。 「おまえ、自分が瞬とそーゆー仲になったのは、瞬が聖闘士で面倒がないからだって言ったじゃないか。あれだよ、あれ」 「瞬は、聖闘士として闘えなくなれば、おまえに見捨てられると思ったんだな」 星矢に記憶の想起を促され、紫龍に解説を入れられて 初めて、氷河は自分が口にした出まかせを思い出し、そして、瞬の危険な行動の訳を理解した。 思い出し理解したことに、だが、氷河はあっけにとられることしかできなかったのである。 それは、彼にしてみれば、しみじみ考えてみるまでもなく“ありえないこと”であり、悪質ではあったかもしれないが冗談にすぎず、誰も信じるはずのない戯れ言だったのだ。 「瞬……。おまえ、なんで、そんなわかりきった嘘を本気にするんだ」 「おまえが信用されてないんだよ」 瞬が答えるより先に星矢が言下に言い切り、紫龍が星矢の断言に頷く。 「信用されなくて当然だ。別にそんな洒落たことを言わずとも、瞬が可愛いからとか優しいからとか、適当に角の立たないことを言っておけばいいのに、瞬のいるところで『面倒がないから』なんて無粋なことを言ってしまう馬鹿者では」 「瞬はともかく、貴様等みたいに下品な輩がいるところで、そんな恥ずかしいことが言えるか!」 恥ずかしくても、あえてそれを言葉にするのは、恋する男の務めである。 それをしなかった氷河は、職務怠慢と断じられても仕方がない。 「瞬、安心しろ。氷河はおまえにべた惚れで首っ丈で、おまえがいないと1+1の計算もできなくなるよーな馬鹿だから」 「瞬、少し落ち着いて考えてみろ。聖闘士だからおまえと こんな怠慢な男に事態の解決を委ねていたのでは、いつまた似たような惨事が、今度は現実のものにならないとも言い切れない。 氷河に比べれば勤勉で、命の尊さを知っている星矢と紫龍は、氷河に代わって事態の収拾に乗り出し、それは氷河が実行するよりもはるかに効果的かつ迅速に、瞬の混乱を静めることに成功した。 |