見慣れない物体が、氷河の足許に転がるように駆け寄ってきた。 氷河が自らの足許に視線を落とすと、“それ”が氷河の顔を見あげ、ちぎれんばかりの勢いで尻尾を振っている。 “それ”は、いかにも人に愛玩されるためだけに生まれてきたような様子をした小型犬だった。 薄茶色の体毛と黒く丸い瞳を有し、見るからに素直そうな顔つきをした。 「豆柴? いや、この目と尻尾はポメラニアンかな? テリアにも似てるし、パピヨンって言われれば、そう見えなくもないし──」 星矢が口にする犬種がそれぞれどういうものなのかを、氷河は全く知らなかった。 しかし、彼は、それらの犬種のどれにも見える犬を何と呼ぶのかは知っていたのである。 「要するに雑種なんだろう」 そう言いながら、片手で持った方が持ちやすい小さな身体を両手で抱き上げ、氷河はその小犬の顔を覗き込んだ。 「おまえ、どこから入り込んだんだ」 城戸邸には、へたな公共施設などよりはるかに高度なセキュリティ・システムが採用されている。 雑種の犬が好奇心で潜り込めるような建物ではないのだ。 「あら、さっそく氷河に捕まったの。やっぱりね」 この場にいるはずのないものを怪しんでいた氷河の背後から、ふいに、この家に某米国中央情報局並みのセキュリティ・システムの採用を余儀なくする立場にある人物の声が響いてくる。 世界に冠たるグラード財団の若き総帥にして、女神アテナの現世での化身である城戸沙織だった。 少し後ろに瞬が従っている。 蟻の入り込む隙間もないこの家に雑種の犬を持ち込んだのは、何のことはない、この家の主人だったらしかった。 |