それからもシュンの大活躍は続いた。 シュンの能力に信を置くようになった星矢たちは、やがて女神の護衛という任務をシュンに委ねることに抵抗を覚えなくなり、城戸沙織個人のことで青銅聖闘士たちが煩わしい外出に駆り出されることもなくなっていったのである。 氷河も、その分、人間の瞬とくつろいで過ごしていられる時間が増えた。 そして、それは氷河にとっては喜ばしいことのはずだった。 ――のだが。 氷河は、自分の死を前提にしてシュンの存在意義を語る瞬の言葉を聞いてから、胸中に妙なわだかまりを抱え続けることになってしまったのである。 瞬の行動パターンを模しているだけあって、特に氷河には、シュンは可愛い生き物に感じられた。 沙織のお供をしてない時には城戸邸に起居する者たちにも可愛がられ、特に動物好きの星矢はシュンの相手をすることを好んでいた。 しかし氷河は、星矢たちと同じようには、シュンの存在を手放しに歓迎することができなかったのである。 それでも―― 「それでも、いちばん無愛想な氷河にいちばん懐いてるんだよなー」 星矢との散歩――それは本当は機械の身体のシュンには必要のないもので、実際にはシュンの方が星矢のジョギングに付き合わされたようなものだったのだが――から帰るなり、嬉しそうに氷河の足許に駆け寄っていくシュンを見ながら、星矢がぼやく。 が、その頃には氷河は、シュンが自分に懐いていること自体をまるで喜べない心境になってしまっていた。 人の手によって作られた機械のシュンが人間の瞬に似ていることの違和感は、氷河の中で日を追うにつれて大きくなっていき、その日も氷河はその件について瞬に文句を言い、何を言っても暖簾に腕押し状態の瞬と言い争いをしたばかりだったのである。 「どうしてくれる! それもこれも、みんな おまえのせいだぞ!」 犬に八つ当たりするなど大人気なさすぎると思いつつ、一方では、シュンは所詮は機械にすぎないのだという意識も働いて、氷河は彼の足にまとわりついてくるシュンを大声で怒鳴りつけた。 「きゅ〜〜」 氷河の怒声の訳がわからなかったらしいシュンは、一瞬すがるような目で氷河を見上げた。 それから、しょんぼりしたような様子で部屋の隅に移動し、壁際で身体を縮こまらせる。 氷河は実は、それまで犬と生活を共にした経験が一度もなかった。 だから、それが犬らしい反応なのか、瞬の行動を模したものなのかの判別もできなかった。 だが、シュンのその一連の動作は、氷河の目にも、シュンが感情というものを有し、それを表現しているようにしか見えなかったのである。 というより、人間の瞬自身が言っていた通り、自らの感情を隠すことをしない小犬のシュンは、人間の瞬より正直に見えた。 人間の瞬が備えている自制心や心理的社会的な抑制――それらの力を弱めたなら、瞬はこういう行動をとるのではないかと思えるほどに。 いずれにしても“しゅん”が部屋の隅で落ち込んでいるのを放っておくことはできない。 「……すまん」 氷河は、しょんぼりしているシュンに謝り、その小さくてやわらかい身体を抱きあげた。 「俺の感覚がアナログすぎるだけなのかもしれないな……。おまえが悪いんじゃない。俺が悪かった」 突然大声で怒鳴ったかと思うと、次の瞬間には優しい素振りを見せてくる氷河の変化に戸惑っているようなシュンを 部屋の中央にあるソファに運ぶと、氷河はその隣りに腰をおろして、シュンの背中を撫でた。 氷河の機嫌が直ったことを感じたらしいシュンが、先ほどの氷河の不機嫌の訳を問い質すこともなく、氷河の腿に鼻をすり寄せながら、勢いよく尻尾を振り始める。 シュンが可愛らしいのは、否定しようのない単純な事実だった。 その事実を認めないことは、拗ね者のすることであり、大人気ない振舞いである。 その素直さに負けてしまった氷河は、結局、シュンに懐かれていることを認め、受け入れることにしたのである。 それまでの無愛想な態度を一変させ、開き直ったようにシュンを猫可愛がりし出した氷河は、それから半月もすると、 「そんなに甘やかしてると、そのうちシュンが猫になっちまうぞ」 と、星矢に呆れられるほどになっていた。 |