今は16世紀末。
ここは、宗教分裂に端を発した政治的分裂を加速度的に増すドイツ──の中の一国。
ヒョウガ・・・・はこのブランデンブルク王国のただ一人の世継ぎで、シュンはその王城で育った孤児だった。

シュンの故国であるクレーフェ侯国は、シュンが5歳になるやならずやの頃に、ブランデンブルクの現国王──すなわちヒョウガの実父──が企てた侵略に遭い、地上から消滅している。
高い文化芸術と伝統で近隣諸国に名を馳せていた小国は、軍備を増強させた新興国の勢いの前に、あっけなく蹴散らされてしまったのだった。

シュンは自らの出自を知らない。
両親が何者なのかも他に親族がいるのかどうかも、そして彼等が生きているのか死んでしまったのかさえ、シュンは知らなかった。
いずれにしても、シュンの故国であるクレーフェ侯国が地上から消え去ったその時に、ブランデンブルク王は、文化芸術の香り高いクレーフェの宮廷で暮らしていた一人の子供に利用価値を見い出したらしく、シュンの命を奪わなかった。
ブランデンブルク王は、彼の後嗣に王族としての素養を身につけるための教材として、シュンをポツダムの城に引き取ったのである。

それ以来、シュンは、ブランデンブルク王国の嗣子であるヒョウガの捕虜 兼 臣下 兼 友人として、故国を奪った仇の城で暮らすことになった──。


突然 瞬の中に蘇ってきたその記憶は、ごく自然に瞬自身と同化した。
だが、自分が何者なのかを思いだしても、この狭い石牢から解放されるわけではない。
シュンは途方に暮れ、小さく吐息した。

ヒョウガはこのことを知っているのだろうか。
捕虜で幼馴染みで恋人でもある自分の今の境遇を、彼は知っているのだろうか。
知ってしまったヒョウガが無謀な行動を起こしたりするのではないかと、シュンはそれが何よりも気掛かりだった。






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