闘技場は観客で満員だった。
美味飽食に明け暮れ娯楽を求めるローマのフラウィウス朝の時代とは異なり、最後の審判を怖れよと謳うキリスト教全盛の時代にこの熱狂はありえないと シュンが訝るほどに――その場は観客の喚声であふれかえっていた。

闘技場に引き出されたシュンの正面上部に王族の観覧席があり、そこにはブランデルク国の王とヒョウガがいた。
戒めを解かれ自由になったシュンが、そちらの方に視線を向ける。

ヒョウガは青白い頬をしていた。
この馬鹿げた催しへの怒りも父王のやり方への憤りも既に通り過ぎてしまったように、生気のない硬い表情をしている。
ヒョウガは、シュンが捕らえられてからずっと、己れの無力と運命の理不尽に苦悩・呻吟していたに違いない。

自身の望みを叶えるためにならどんな無理も無謀もしてのける、我儘で焼きもちやきの王子――。
だが、彼が自分を好きでいてくれることを、シュンは疑ったことがなかった。
自分がヒョウガを何よりも好きなこともわかっている。
ヒョウガの心を落ち着かせるために、シュンは彼に微笑した。

死人のように青白い頬をしたヒョウガが、シュンに右の扉を指し示す。
シュンは、ためらいなくヒョウガが指し示した扉とは別の扉を開けた。


女か虎か――。
世界一有名なリドルストーリーの王女が、恋する若者に示した扉から出てきたものは、愛する者の命を奪う飢えた虎だったのか、愛する者の心を奪う美女だったのか。

シュンが開けた扉の向こうから現れたのは、以前からシュンを小姓に貰い受けたいと言っていたヴェストファーレン公爵で、彼は、慈悲深い神の裁定に感極まったような喜色をその瞳に浮かべていた。
「もらった! 俺のものだ!」
喊声のようにそう言いながら、歳若い公爵がシュンの身体に手をかけようとする。

――ヒョウガがシュンに指し示したのは虎のいる扉だった。
その事実を確かめて、シュンはゆっくりと、そして微かに苦笑した。
(困った焼きもちやきだね、ヒョウガ……)

ヒョウガは、着席を義務づけられていた椅子から身を起こし、彼の想像していたものとは全く異なるこの展開に呆然としている。
驚愕のために強張った表情をしたセイヤとシリュウが、闘技場の南端の臣下用の客席から、正面の最前列中央にある王族用の席にいるヒョウガに向かって無言で蔑みの目を向けているのが――見えるはずがない距離だというのに――シュンにははっきりと見えていた。

(ヒョウガを責めるのはやめてよ、セイヤ……)
シュンはひどく悲しい気持ちで、そう思ったのである。

そうして、シュンとヒョウガのリドルストーリーは終わった。






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