「星矢の言う通り? 僕が虎を倒せると思ってたから、氷河は虎の扉を僕に示したの?」 瞬はゲームプレイ用のリクライニングシートから降り、先ほどからずっと沈黙を守り続けている氷河に尋ねた。 数秒の間をおいてから、氷河が一言、 「わからん」 と答える。 彼は、自身の真意を本当にわかっていないようだった。 「俺は夕べは、おまえが少しも嫉妬してくれないことに苛立っていた。おまえが虎に勝てる可能性が全くないと思っていても、もしかしたら……」 氷河は正直だった。 『おまえは虎なんか簡単にあしらえると思っていた』と言えば、それで波風は立たないものを――と、瞬は、氷河の正直さに困って胸中で苦笑するしかなかったのである。 「俺はおまえを誰にも取られたくないんだ! それくらいなら、おまえを殺して俺も死んだ方がましだとさえ思う。──夕べは……そう思っていた」 だから、あの闘技場で虎の扉を指し示した気持ちにも嘘はなかったかもしれない――と、そういうことなのだろう。 その後の展開を見た今の氷河が、もう一度同じ選択を迫られた時どちらの扉を選ぶのかは、全く別の問題である。 だがゲームの中でのこととはいえ、氷河は一度は虎のいる扉を選んでしまった。 氷河が今最も怖れていることは、自らのその選択のせいで、“誰にも取られたくないもの”を失ってしまうことであるに違いない。 それでも瞬の前で正直であろうとする氷河を、瞬は憎んでしまうことができなかった。 「僕は氷河を責めるつもりなんかないの。でも、そうだね。氷河がもし本当にその選択をしなくちゃならなくなった時には慎重に選んでね。選び間違えないで。氷河が選び間違えさえしなければ、どういう形であれ僕は――僕も必ず氷河が幸せになれるような選択をするから」 「…………」 氷河は固く唇を引き結び、やわらかい微笑を浮かべている瞬を見詰めた。 では、あの悪趣味なゲームの中で、“シュン”は“ヒョウガ”の幸福のために、指し示された扉とは違う扉を選んだのだろうか――? 氷河のその疑念には気付いていたのだが、瞬はそれには何も答えなかった。 「美女か、それとも虎か――その二者択一じゃないにしろ、つらい選択をしなきゃならない時は、きっとこれからも何度もあるだろうから――その時に選び間違えないで」 それだけを言って、氷河をその場に残し、瞬は視聴覚室を出た。 |