人を傷付けたくないという願いは、弱い人間の抱く夢だろうか。
それは叶わぬ夢であるが故に、卑怯な考えなのだろうか。
そんな綺麗なだけの卑怯な夢を抱いている人間に、聖闘士として闘い続けることは可能なのか。
瞬はいつも、己れの胸にその疑念を抱いていた。

人を傷付けることに恐れを抱く人間は、神話の世界の王女のように、無力な我が身を犠牲にすることでしか戦うことはできないのではないか──と。
それならそれでもいいと思っていた時期もあった。
しかし、現実の闘いは、瞬ひとりの犠牲ごときでは決して終結しない。
瞬の死には、ひとつの闘いを終わらせるほどの力もないのだ。

生き延びて故国に帰り兄に再会するために、瞬はアンドロメダの聖衣を手に入れた。
聖衣を手に入れること、聖闘士として生きることがどういうことなのかを、瞬が真剣に考え始めたのは、聖衣を手に入れてしまってからだった。

それは、“闘うこと”が生きる手段になるということなのだと気付いた時、瞬は言いようのない不安に囚われたのである。
自分が無力なことではなく自分に闘うための力があることが恐しく、その事実に瞬は戦慄した。

「おまえなら闘える」
師にそう言われても、瞬の不安が消えることはなかった。
仲間との闘いと己れとの戦いに勝って聖衣を手に入れた、いわば勝利者である瞬の様子があまりに心細そうに見えたのか、瞬の師は半ば冗談めかして瞬に告げた。
「大丈夫。おまえはアンドロメダ座の聖闘士だ。いざという時には、おまえを救うペルセウスが現れる」
「ペルセウス……?」

無論、瞬は、師のその言葉を言葉通りに受け取ったわけではない。
そもそも星座の運命そのままのことが、瞬の身の上に起こるとは限らない。
だから、それは何かの例えなのだろうとは思った。
だが、それが何なのかはわからない。
わからないことは、頼ることも期待することもできないものだった。






【next】