「“アンドロメダ”の名の意味するところを知っているか」
恋に苦悩する仲間に、先刻よりは少し真面目な口調で紫龍が尋ねてくる。

「アンドロメダの?」
「『人間を支配するもの』という意味だ。さしずめ、瞬の鎖にがんじがらめの今のおまえのように、アンドロメダは自らが縛りつけられている鎖で人間を支配する。おまえも楽しいだろう?」
「…………」

口調や表情がふざけていないわりに、紫龍が仲間に告げた言葉は『それは皮肉か、それとも嫌味なのか』と反問したくなるような代物だった。
世の中に、恋する相手に振り向いてもらえず、冷淡にあしらわれたり踏みつけにされたりすることに喜びを覚える種類の人間が存在することは 氷河も知っていたが、彼はそんな被虐的な趣味は持ち合わせていなかった。

「対して、“ペルセウス”は、ペリシテ人の神バールのギリシャ語読みで、こっちは『主』の意味。おまえが瞬のペルセウスになるためには、瞬の鎖を断ち切って、人間を支配する者の主となるほどの力を手に入れなければならないというわけだ。前途多難だな」

それが紫龍なりの励ましなのか、あるいは見込みのない恋は諦めた方がいいという忠告なのか──は、氷河には判断しきれなかった。
――が。

おそらくは闘いがある限り、それは瞬を苦しめ続ける。
瞬をその苦悩から解き放つ力、瞬の絶望を消し去る力──そんな力を、大神ゼウスの息子ペルセウスならぬ身の人間ごときに持ち得るはずがない──というのは、残酷な事実のような気がした。
瞬が心を持っている限り、それは無理な話であり、決して実現しない未来なのだ。
瞬の心が失われでもしない限り。

そして、氷河は、その力を持ち得ないことで諦められるような器用な恋のできる男でもなかった。
だが、どうすればそんな力を手に入れることができるのか。
そもそも、その力とはどういうものなのか。

それがわからないから──氷河は苛立ち、嘆き、溜め息をつくしかなかったのである。
せめてその力の正体さえわかっていれば、たとえそれがペルセウス以外の者には掴み得ない はるかな高みにあるものだったとしても、懸命に手を伸ばし、それを掴もうと──少なくとも努力することはできたかもしれないが。






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