(犠牲になるって、こういうことだったのかな……。今 僕が死ねば、地上に平和が戻るのかな……)
ハーデスの、強大というには圧倒的すぎる力に自らの意思を捻じ伏せられて 行き場を失った瞬の心は、自分がどこにいるのかもわからない状態で、ぼんやりとそんなことを考えた。

ペルセウスが来てくれないことは、もうわかっていた。
星矢が兄が、ハーデスの力に捻じ伏せられていく。
氷河と紫龍は、この冥界のどこかでまだ闘い続けているようだったが、その闘いも、死を司る神の力の前にいつまで続くかわからない。

それは、瞬なりの希望だったのである。
今、この場で自らの命を絶つこと──は。
これまでの闘いでなら、それは無意味なことだったかもしれないが、今の瞬は敵の首魁を我が身に収めていた。
自分が犠牲になることで、世界を救えるかもしれない。
傷付けるのは自らの身体だけで済む。
アンドロメダ座の聖闘士として、これ以上望ましい闘い方と死があるだろうか。
その時、瞬は、死を至上の喜びとさえ感じていた。

死の陶酔に浸りながら最期の時を待つようなことはしないと、瞬は、かつて出会った敵の誰かに言明したことがあった。
あの時の瞬にとって、死は、敗北であり、共に命をして闘ってきた仲間たちへの裏切りであり、無意味なものであったから。
だが今は──今の瞬にとって、死は、勝利であり、仲間たちを守ることであり、地上の平和を取り戻すという有意義な結果をもたらすものだった。
そう思えば、死へのいざないは心地良い。

今ならまだ、瞬には僅かにではあったがハーデスに抗する力が残っていた。
そして、それは一瞬で済む。
あまりためらいも感じずに、瞬はその一瞬を自らの手で掴もうとした。──時。






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