陽光と共に沖合いに現れたのは、海の国エチオピアでも見ないような巨大な帆船だった。 小船が2隻おろされて、それがシュンたちのいる浜の方に近付いてくる。 「アルゴス王家の紋章……」 遠目にも、朝の光の中で それはシュンの目にはっきりと見てとれた。 なぜそんなものを帆に印した船がエチオピアの海にいるのかと訝るシュンに、ヒョウガが軽く目配せをする。 「オヒメサマも来たようだ」 「え?」 シュンが振り向くと、そこには、ヒョウガの言う通りエチオピアの王女の姿があった。 緊張した表情の、だが、どこか清々しい目をした年若い王女――。 「夕べ遅く、こそこそと王宮に戻ってきたピネウスを問い詰めて――踏ん切りがつきました。この国の王位を維持するための手段でしかない王女など、この国にはいてもいなくても同じ。それなら私は、別の方法で、違う場所で、私が生まれてきた意味を見つけたい」 「イッキが力を貸してくれるだろう。王には黙って出てきたのか」 「はい」 二人のやりとりを脇で聞いていて、アンドロメダ姫がこの国を出る決意をしたことだけは、シュンにもわかった。 しかし、シュンには、ヒョウガがなぜ自分の兄の名を知っているのかがわからなかった。 今この国では、その名を口にすることが禁じられている。 シュンもヒョウガに兄の名を告げた憶えはなかった。 「ヒョウガ……どうして兄さんの名を――」 戸惑い尋ねたシュンに、ヒョウガは、『まだ言っていなかったか?』と呟くように言った。 「俺はおまえの兄貴に頼まれて、この国の偵察と――場合によっては、おまえをこの国から連れ出すためにここに来たんだ。奴はこの国に入るのもままならないらしいし、俺は奴に借りがあるんでな。ところが、俺はおまえに惚れてしまった。あの馬鹿が、世界一清らかと自慢していた奴の弟にだ。オヒメサマを連れて帰りでもしない限り、俺はおまえの兄に殺される。だから、まあ、色々と根回しを――」 ヒョウガの説明を聞いて、シュンは一瞬ぽかんと呆けてしまった。 次に、そんな重要なことを言わずにいたヒョウガへの怒りに支配され、なぜ教えてくれなかったのかとヒョウガを問い詰めようとして――そうするのをやめた。 ヒョウガはそれを言わずにいた方がいいと考えたか、あるいは、シュンに知らせることを本気で忘れていただけなのだろう。 ――どちらかと言えば、後者である可能性の方が大きい。 問い詰めても無駄である。 いずれにしてもヒョウガは、すべてを丸く収めつつあるのだ。 シュンに約束した通りに。 ヒョウガは自らの運命を、自らの意思で自らの望む通りに支配し動かし従えている。 おそらくヒョウガは、そういうことを容易にできてしまう人間――なのだろう。 運命は、遅れないように彼の後を追いかけることしかできないのだ。 「イッキは相変わらず、ただの風来坊だ。オヒメサマにこれまで通りの贅沢な暮らしをさせてやれるとは限らない。それでも来るのか」 「行きます!」 アンドロメダ姫がこれほどきっぱりと自分の意思を明言し、これほどまでに明るく瞳を輝かせる様を、シュンはこれまでただの一度も見たことがなかった。 望まぬ運命の中に生まれ、その運命に健気に耐えている か弱い姫君。 アンドロメダ姫のそんな姿をしか、シュンは知らなかったのである。 だが、シュンは、彼女の変化をさほど不思議なこととは思わなかった。 耐えることしか知らない彼女に 勇気と力を与えたものが何なのかを、今のシュンは知っていたから。 「そうしてもらえると助かる。イッキは今、俺の代わりにアルゴスの国を見ていてくれている。オヒメサマが来てくれれば、少しは腰を落ち着けてくれるだろう。今より贅沢な暮らしができるかどうかは、オヒメサマのハッパのかけ方次第だな」 ヒョウガが何者で、どういう立場でそんな言葉を吐くのか。 シュンは、ヒョウガがその説明をしてくれる時を待つことにした。 自分から積極的に、それを聞きたいとは思わなかった――シュンは、知りたくなかった。 |