そんな氷河を生き返らせてくれたのが瞬だった。
瞬は、自分の小宇宙を燃やして、自分の命と引き換えに氷河を死の国から呼び戻した。

自分の足許に死んだように倒れている瞬を見て、氷河は呆然としたんだ。
これはいったい何だろうと、この醜いものばかりがあふれているはずの世界で、いったい何が起きたんだろう――と。
なぜ瞬がそんなことをしたのか、氷河は本当にわからなかったんだ。

いくら名前を呼んでも、瞬は気付いてくれない。
返事をしてくれない。
氷河は――瞬は馬鹿だからそんなことをしたのかと考えた。
人の悪意を知らず、おめでたく仲間を信じて、自分がいい人でいるために、命を懸けて仲間の命を救おうとしたんだろうか――と。

そうじゃないことはすぐにわかった。
そうじゃない。
人間は、悪党になりさがったって生きていたがるものだ。
いや、人間は、生きるために悪党になるんだ。
裏切りも無慈悲も無関心も、すべては自分が生きるための行為だ。
生きるために、人は汚れる。
“いい人”でいようとするのも生きるためだ。
周囲の者たちに善良な人間だと思われている方が、自分が生きていくのには都合がいいからな。
だが、死んでしまったら、“いい人”でいることにも、汚れることにも意味がない。

瞬は、俺の命を救いたいから、そうしたんだ。
ただそ・・・れだけ・・・なんだと気付いて、氷河はすべてを理解した。

その時、氷河の目の中に入っていた、あの鏡のかけらが零れ落ちた。
それをしたのは氷河の涙で、奴は、力を使い果たして倒れている瞬の側に跪き、馬鹿みたいに子供みたいに涙を流していた。

途端に、奴の世界は美しさを取り戻した。
瞬は美しく、仲間たちは屈託がなく、カミュはひねた子供を育ててくれた氷河の恩人で――。
氷河は、もう一度、幼い子供の頃にそうしていたように――そうできていたように、世界に存在するものと世界そのものを、自分の目で見ることができるようになったんだ。


――世界は確かに、美しいものだけでできてはいないが、醜いものだけでできているわけでもない。
美しいものは必ず存在して、それを見る力を失うと人は不幸になる。
氷河は、自分こそが無知で卑怯な子供だったことを知った。

人の悪意や裏切りや――世界が綺麗ごとだけでできていないことくらい、瞬だって知っていた。
氷河の仲間たちはみんな知っていた。
そういう世界で――大人の都合で理不尽に振りまわされる世界で生きていたのは氷河だけじゃなかったんだから。
氷河の仲間たちは、みんなそうだったんだから。

ただ、瞬は、美しいものを見る目を、その力を失っていなかったんだ。
その力を、瞬は決して放棄しようとしなかった。
この世界に美しいものが存在することを、瞬は信じていたから。
そして、おそらく瞬は、氷河をも信じてくれていたんだ。

そのおかげで――氷河は、瞬の強さのおかげで、奴自身のその力を取り戻すことができた――。






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