「綺麗なものが見えるようになって、ヒョーガは幸せになったの? シュンは死んだりなんかしなかったのよね?」
初夏のギリシャの太陽は、数千年以上前からそこにあった石の建物の陰に、間もなく姿を隠そうとしている。
白い光がオレンジ色に変わりかけている遺跡の跡で、長い物語を聞いていた少女は、その物語の語り手に、真剣な目をして尋ねた。

「もちろんだ」
語り手が、唇の端に微笑を刻んで頷く。

「それから、ヒョーガとシュンは結婚して幸せに暮らしたんでしょ?」
「――それはどうかな」
氷河と瞬の性別を告げずに その物語を語っていたことに思い至り、彼は少女の素朴な質問に苦笑した。
おそらくアテネの町に暮らしているこの少女は、日本人の名前を聞いても、そこから二人の性別を察することができなかったに違いない。
彼女は唇をとがらせて、その物語の結末にクレームをつけてきた。
「しないの? そんなの変よ。おとぎ話ではみんな、様々な苦難を乗り越えた人と それを助けた人が最後に結ばれるのよ」

「ばーか。ヒョーガとシュンは聖闘士だろ。ヒョーガとシュンは今でも二人で闘ってるんだよ」
「そうそう。今のはおとぎ話じゃなくて叙事詩だよ。英雄譚っていうんだ。学校に行くようになれば習うよ。ホメロスとかヘシオドスとか」
語り手の不備は、幸い 彼女より少し年上の友人である少年たちが、補足してくれた。

「そうなの……」
学校に通う歳の友人たちに口々にそう言われても、少女は、その物語の結末にまだ不満そうだった。
が、自分より年長の少年たちに反論するだけの知識と語彙を持ち合わせていなかったらしく、彼女は、それ以上その件にこだわることは諦めたようだった。
代わりに、期待を込めた眼差しで、彼女は別の質問を発した。

「ねえ、聖闘士ってほんとにいるの?」
――氷河は、笑って答えなかった。






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