瞬は、その国の都の下町に住む貧しい少年でした。
そして、その国のほとんどの民がそうであるように、やっぱり明日食べるパンにも事欠いていました。
瞬にはお兄さんが一人いたのですが、瞬のお兄さんは今はよその国に傭兵として働きに出ています。
この国ではそういう青年たちが多かったのです。

どうせこの国にいても飢えるばかりですからね。
それくらいなら、この国よりは豊かな他の国で稼ぐ方がずっと実入りがよかったのです。
それは貧しい家の口減らしにもなりますし、他国でなら 一攫千金・立身出世の夢も抱くことができましたから。

瞬だって、できることならそうしたかったのです。
けれど、瞬はそんなことが可能なほどの歳には達していなかったので、一人 生まれた国に残り、あちこちの貴族の家や商家の下働きをしながら、お兄さんの帰りを待っていたのでした。

そんな瞬の耳に、毎日のように飛び込んでくる北の領地の公爵の噂。
その噂を聞くたびに、瞬は思いました。
人間の顔なんて、どれも同じで似たりよったり、目が2つ、鼻が1つに唇が1つ。
目が3つあるというのなら驚かないでもないけれど、それでも明日食べるパンがないことに比べたら何でもないこと。
自分が女の子だったら、公爵夫人候補なんて大それた者としてじゃなくても、ただの女中としてでも、喜んで公爵に仕えるのに――と。
そんな大金持ちの公爵のところでなら、ただの使用人だって飢えることはないでしょうからね。

国民が皆貧しいこの国では、働きたくても、その働き口さえろくにありません。
瞬は昨日から何も食べておらず、パンを手にいれるつてもなく――明日食べるパンの心配どころか、瞬が暮らしている小さな家には今日食べるパンすら、ひとかけらもありませんでした。

だから、瞬にはそんな勇気も湧いたのです。
瞬は、その日、お城の王様に、北の領地の公爵に仕えたいと願い出たのでした。

化け物とも血に飢えた殺人鬼とも噂されている公爵のところでは、使用人のなり手もいないに違いありません。
公爵の花嫁候補を募っている国王なら、公爵家の仕事口の世話もしてくれるかもしれません。
ただの貧しい平民が国王に謁見を願い出るなんて、そんな大胆なこと、普段の瞬なら考えもしなかったでしょう。
けれど、瞬はおなかが空いていたのです。
どうせ飢えて死ぬのなら、あらゆる可能性を試してからにしようと、瞬は思ったのです。

瞬の願いは叶えられました。
もっともそれは、お城の門番が瞬を女の子と見間違えて、公爵の花嫁候補がやってきたと勘違いしたせいのようでしたけれど。
ともあれ瞬は、そういうわけで国王と直接話をする機会を得たのです。






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