「誤解です。国王様はそんなことはお考えになっていません。国王様は国の民を救うために、お城の食料庫を空にしてしまって、それで公爵のご助力を得たいとおっしゃってはいましたけど、決してそれ以上のことは――」
「城の食料庫が空?」

公爵は、瞬のその言葉を聞いて、得心したような嘲笑を客間に響かせました。
そして言いました。
「知っているか。あの国王が痩せて貧相な様子をしているのは、炎のような貪欲のせいだ。食っても食っても満足できない気持ちが、国王をああいう姿にしている。炎が燃えるものすべてを舐め尽くしたあとには不毛の地だけが残るようにな。食料庫にあったものはみんなあの国王が一人で食っちまったんだろう。国民に分け与えれば、救われる者も多かっただろうに」

「まさか、そんなことが――」
仮にも国の民の命に責任を負っているはずの国王が、国民に収めさせた食料を独り占めするなんてありえないことです。
瞬は、公爵の言葉を信じませんでした。

『国民に分け与えれば、救われる者も多かっただろうに』
それができる立場にありながら、それをしない公爵は、では何なのでしょう。
そんな人の言う言葉を信じることなどできるはずがありません。

けれど、瞬が自分の言葉を信じるか信じないかなどということは、公爵には関心のないことだったらしく――彼は、おもむろに瞬に向き直ると、話題を全然別のことに変えてしまいました。
「使用人志願だということだが、おまえは働く必要はないぞ。この城に使用人は必要ない。好きに過ごせ。残虐な化け物がいるという噂のある城に単身乗り込んで来ただけでも、おまえにはその権利がある。気が向いたら殺されてやらないでもない」
「でも、僕は働きたくて――」

「西の棟の奥に衣裳部屋がある。好きな服を選んで着替えろ。そんなボロ服で目の前をうろちょろされるのは目障りだ」
瞬の言葉など聞く気もないらしい公爵は、瞬が身に着けていた灰色の古着の袖を、瞬の腕ごとつまんで嫌そうな口調でいいました。

「どうせ俺が準備するだろうからと言って、あのケチな国王はマトモな服の一枚もおまえに与えなかったんだろう」
「あ……」
確かにカーサ国王は瞬にそう言いました。
瞬は、馬車と黒パン1切れを分けてもらえただけでも国王には心から感謝していたのですが、公爵はそれを国王のさもしさの現われだというように嘲笑います。

呆然としている瞬に、彼は重ねて言いました。
「ああ、金や宝石を持ってすぐに逃げてもいいぞ。いくらでもくれてやる」
まるで物乞いか泥棒に対するようにそう言われて、瞬はそれ以上 黙って公爵の話を聞いているだけではいられなくなってしまったのです。
「もし本当にそう思ってらっしゃるなら、そのお金や宝石をどうして飢えた領民のために使おうとなさらないんです!」

瞬の反駁に、公爵はあっさりと答えました。
「領民共は俺を恐がって、誰も俺に助力を求めて来ない。だから何もしないだけだ。それに――」
それは違う――と、瞬は思いました。

明日には飢えて死んでしまうかもしれない人間に、恐いものなどあるでしょうか。
公爵の領民が公爵に救いを求めてこないのは、慈悲の心を他人に強要することはできないということを知っているからに決まっています。
そんな図々しいことがでるくらいなら――貧しい人間は貧しいままではいないのです。
でも、だからこそ、公爵自身が手を差し延べてやるべきなのに――と瞬は思ったのです。

瞬は公爵にそう訴えようとしました。
非力で貧しい人間にも、人としての誇りはあるのだと。
けれど――。

「それに、俺が誰かを信じて、その者に金を託せば、そいつはその金を独り占めして逃げるだけだろうしな」
「そんな……」

まるで人間というものを信じていないらしい公爵に、瞬は何も言えなくなってしまったのです。






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