このお城に来て数日が過ぎても、瞬は公爵の顔を見る機会に恵まれませんでした。 公爵はいつも 黒い死神のような長衣のフードを目深に下ろしていましたから。 食事の時などに、瞬は幾度も公爵の顔を窺い見ようとしたのですが、公爵はとても用心深く、瞬の好奇心が満たされることはありませんでした。 僅かに垣間見ることのできる公爵の唇は形良く、顎や頬の線もすっきりしたもの。 そこから想像できる造作は、古代の神々の彫像のように美しいものでした。 あの噂さえ聞いていなかったら、瞬は公爵をかなりの美青年と判断していたことでしょう。 でも、もしそうなのであればわざわざ顔を隠す必要はないわけですから――瞬は、本当に公爵は目が3つあるのかもしれないなどと、ありえないことを考えさえしたのです。 いずれにしても、事実を確かめる術は瞬にはありませんでしたが。 この広いお城にたった一人で暮らしているらしい公爵は、平生は瞬の姿など視界に入っていないように振る舞い、もちろん何らかの仕事を瞬に命じることもありませんでした。 だからといって何もせずにいるのも手持ち無沙汰で、瞬は無理に仕事を見付けては、労働に勤しもうとしたのです。 汚れひとつない鏡や窓を磨くとか、落ちてもいないゴミや埃を探すとか、そんな無意味な仕事しか、瞬は見付けられませんでしたが。 「働く必要はないと言ったろう。この城にはいつも塵ひとつ落ちていないんだ。そんな無駄なことをするより、金貨でも宝石でもさっさと欲しいだけ持って逃げたらどうだ。あくまでも俺を殺すことに固執するなら、その仕事をし遂げろ」 公爵は、瞬を“そういうもの”と決めつけているようでした。 反論するのも馬鹿らしかったので――瞬は公爵の前で 無言でもくもくと、ぴかぴかのガラスを磨き続けました。 「では、俺が女に興味を持たないので、あの国王は作戦を変えて美少年を送り込んできたのか」 公爵は、瞬の意固地な様子に呆れたような口調で そう言いました。 「そんなんじゃないです。僕は本当に……飢えたくなくて、死にたくなくて、仕事がほしくて、王様に頼んだだけ」 そんな誤解だけはされたくなかったので、瞬は公爵の邪推を否定しようとしたのですが――事実を告げたのですが――公爵はそれも信じていないようでした。 公爵は、何も信じていないようでした。 |