その日の晩餐の席で、瞬は思い切って公爵に尋ねてみたのです。
あの絵に描かれている美しい婦人は公爵の母君なのではないかと。
公爵の返事は、瞬の推察を肯定するものでした。

「なら、あのご婦人と一緒に描かれているのは、子供の頃の公爵様ですよね?」
「…………」
「あの……公爵様が化け物みたいな姿をしているなんていう噂はみんな、人が勝手に言っていることで、公爵様は本当はとても――」
今は・・化け物だ」
公爵は、瞬に最後まで言わせませんでした。
あまりにきっぱりと公爵に断言されてしまったせいで、瞬もそれ以上の追及はできなくなります。
公爵にはわからないように、瞬は小さな溜め息をつきました。
その弾みで、瞬は、自分がとても大事なことを知らずにいたことに気付きました。

「――公爵様のお名前は何とおっしゃるんですか?」
北の領地の化け物のような公爵、国王の10倍もお金持ちの公爵。
そんな噂だけはいくらでも聞いていたのに、瞬は公爵の名前を知らずにいたのです。

公爵は、まるで公爵自身がその名前を忘れていたように――思い出せずにいるように――長い時間をおいてから、
「氷河だ」
と、素っ気ない答えを返してきました。






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