夢の中でできなかったことを現実の世界で――と考えたわけではない。
だが、目覚めている世界で、瞬の氷河への態度が少し気遣わしげなものに変わったのは事実だった。
今の氷河は、夢の中のあの子供のように己れの孤独を嘆くことはないのだろう――と思いはしても、かつてはそういうこともあったに違いない相手には、やはり当たりが優しいものになる。

「瞬。おまえ、なんだって今日はそんなに氷河に甘いんだよ」
氷河に対する瞬の接し方が昨日までと違うことに気付き、その件に最初に言及してきたのは星矢だった。
瞬の様子がいつもと違うことは、氷河自身も感じとっていたらしい。
彼は、自分の代わりに尋ねてくれた星矢への瞬の答えを待つように、手にしていたアイスコーヒーのグラスをテーブルの上に戻した。

「いつも通りだよ」
瞬は、その理由を言いたくなかった。――特に氷河のいるところでは。
それは、今はもう幼い子供ではない氷河に侮辱と受け取られかねない“理由”でもあるのだ。
そうなる可能性を回避するために、瞬はお茶を濁そうとしたのだが、瞬のもう一人の仲間が、瞬にそうすることを許してくれなかった。

「いつも通りじゃないだろう」
紫龍が、読んでいた雑誌のページを閉じ、瞬に視線を向けてくる。
「これまで、おまえは、昼近くなってから起き出してくる氷河に小言を言ったり、読み終えた雑誌やら飲み終えたペットボトルのカラやらを放ったらかしておく氷河に、子供を持った母親みたいにいちいち注意していただろう。ほとんど日課みたいに。それが今日は、氷河の寝坊に小言も言わなければ、注意すらせずに氷河の出したゴミを片付けてやっている。おまえが“いつも通り”じゃないことは厳然たる事実だ」

そんなふうに具体例を出されて問い詰められてしまっては、その理由をうやむやにし続けることは困難である。
瞬は、それが氷河の気に障らないかと懸念しながら、今日の自分がそう・・である訳を、しぶしぶ口にした。
「夢を見たんだ。お母さんを呼んで泣いてる子供の夢。それで……なんとなく」
「へ……?」

瞬のその言葉を聞いた星矢が、大仰に目を丸くする。
そんなことのせいで、今は仲間内でいちばんでかい図体をした男を甘やかし始めたというのなら、瞬は神経質に過ぎ、苦労性に過ぎ、感傷的に過ぎるというものである。
まさか瞬が 夢と現実をリンクさせるような迷信家だったとは――と、星矢は少し呆れたような顔になった。
瞬は確かに神経細やかな人間ではあるが、それはあくまでも現実の日常生活を営む上での特性で、ある意味 瞬はアテナの聖闘士の中でいちばんの実際家だと、星矢はこれまで認識していたのである。

肝心の氷河は、瞬の甘やかしの理由を聞いても、それを不快に感じた様子は見せなかった。
彼はただ星矢より奇妙に顔を歪めて――それから何やら考え込み始めた。






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