氷河のいた世界とは別の世界の城戸邸は、だが、氷河の記憶にある通りの城戸邸だった。
廊下の長さ、2階と1階を繋ぐ階段の幅、ダイニングルームのある場所も、そこで氷河を出迎えた仲間たちの顔も、氷河の記憶の中にあるそれと寸分違わない。

「夕べ励みすぎたせいで、脳が昇天しちまったんだって?」
「記憶が飛ぶほど励むというのは、危険だぞ。おまえはいいだろうが、瞬の身体のことも少しは考えてやれ」
氷河の記憶そのままの外見をした星矢と紫龍が、氷河の記憶そのままの口調で、朝の挨拶もなく氷河に声をかけてくる。

すべてが、氷河の記憶の内容に沿っていた。
彼等が、自分と瞬との関係をすっかり公認してしまっているらしいことを除いて。
この世界ではどうやら、『瞬と氷河は理無わりない仲』――というのが公的事項になっているらしかった。

氷河より先にテーブルの席についていた瞬が、氷河の知る瞬らしくなく元気すぎる口調で、紫龍の忠告にクレームをつける。
「紫龍ってば、余計なこと言わないでよ。僕の身体が生半可なことで いかれちゃうわけないでしょ!」
それから瞬は氷河の方に向き直り、焼きたてのトーストの上でとろけるバターや蜂蜜より甘そうな笑顔を作ると、
「氷河、紫龍の言うこと真に受けたりなんかしないでね?」
と、ほとんど媚びるような声音で告げてきた。

かつて氷河が夢の中で思い描いたことのある瞬のどんな笑顔よりも、それは蠱惑こわく的で、氷河は本気で目眩いの症状に襲われてしまったのである。

「氷河! おい、おまえ、どうしたんだよ! 目の焦点が合ってないぞ」
星矢が遠くで何事かをわめいている。
目の焦点どころか思考の焦点すら、今の氷河はどこに合わせればいいのか わからない状態だった。

ここは氷河の知っている世界ではない。
違う世界に来たのだという説明以外に、現状を受け入れることの可能な説明を、氷河は見付けることができなかった。






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