その情報は、氷河の父の父――つまり氷河の祖父――に雇われたという弁護士によってもたらされた。 氷河が日本語を話せるとは考えていなかったのか、その弁護士は通訳同伴で氷河の許にやってきた。 同胞であるロシア人通訳から仕事を奪わないために、氷河はロシア語で彼と彼の通訳を応対し、その結果として、氷河は、彼自身には全く関わりのない臨時雇用者の口から、その重大な事実を知らされた形になったのだった。 氷河が幼児だった頃に亡くなった父が日本人だったこと。 氷河の母に恋をした父が、当時は社会主義体制下にあって国外に出ることが困難だった母と共に生きるために、彼の故国を捨てたこと。 氷河の祖父はまだ存命で、相当の財産を有した富豪であること。 その祖父が年齢を重ね病を得て、今は死の床にあり、最期に血の繋がった孫の顔を見たいという願いを持つに至ったこと。 何もかもが、氷河には初めて聞くことばかりだった。 氷河が生まれる前から20年近く音信普通で、今は死の床にあるという祖父は、異国で自分の孫が生まれたことを知っていたらしい。 息子が、幼い息子と妻を残して亡くなったことも、夫を亡くした 他に身寄りのない未亡人が、たったひとりで一人息子を育てていることも、その母親さえも失い、氷河が天涯孤独の身になったことも、彼は知っていたらしかった。 そして、彼はありあまる財産を持っていた。 だが彼は、息子が愛した女性にも、自身の孫にも、援助の手を差し延べることを全くしなかった。 その窮状を知っていながら、経済的にも心情的にも。 氷河を日本に連れてくるように命じられたという弁護士は、自らの目的の遂行の妨げになると判断したのか、その事実を口にはしなかったが、故国と家族を捨てた息子を、その父親は許し認めていなかったのだろう。 弁護士が語るのは、氷河が代襲相続で受け取ることになる遺産がいかに高額かということばかりだった。 憤りを、通訳ではなく不愉快なほどビジネスライクな男に直接ぶつけるために、氷河に日本語を口にした。 「日本人は無宗教で神を信じない民族だろう。死の前の告解も回心の祈りも聖書の朗読も終油の秘跡も不要のはずだ」 弁護士が、突然氷河の前でうろたえ始める。 日本語を解さないと思い込んでいた相続人に 聞かせるべきでない言葉を漏らしていたのではないかという不安に、彼は囚われたらしかった。 場を取り繕うように、彼は空笑いを浮かべた。 「将来を嘱望されていた自慢の息子を、見ず知らずの異国の女性に奪われた父親の気持ちも察してください。あなたのお母上は天涯孤独の身でしたから、あなたに遺産を残してくれる血縁は日本にしかいないわけです。くれるものは受け取っておいた方が、あなたの将来のためにもなるでしょう。説明しました通り、あなたのお祖父様の残される遺産の額は膨大で――」 「自分の築いた財産を国にやってしまうのが 惜しいだけなんだろう」 蔑むようにそう言って、氷河は一人暮らしのアパートの部屋から不愉快な日本人を追い出した。 |