壺を前方に放り投げるような形で、星矢は物置の床に尻餅をついた。
星矢の手から離れた青銅の壺が、ごろごろと重い音を立てて物置の壁際まで転がり、そして止まる。

「星矢、大丈夫っ !? 」
瞬はすぐに星矢の名を呼んで、彼の側に駆け寄ろうとした。
が、瞬はそうすることができなかった。
突然、視界を白い煙で覆われたせいで。

それはどうやら、星矢が転がした拍子に蓋が外れた壺の中から発生した白煙のようだった。
目や喉が痛むような刺激のある煙ではないが、とにかく前が見えない。
視力を失ったも同然の状態で、雑然と物の置かれている狭い場所を不用意に動きまわるのは危険である。
幸い、物置のドアは開いたままだったので、瞬はその場を動かずに大人しく煙が消えるのを待つことにしたのである。


――待つこと数分。
煙が消え去ったその場には、どこから湧いて出てきたのか、一人の金髪の男が立っていた。
野袴のばかまというのだろうか、裾の閉じた濃紺の袴を穿き、上衣は同色の単着物、肩に届く不揃いの金髪、足に履いているのはかなり磨り減った草履――という出で立ちである。

「200年振りの娑婆の空気というわけか。ここはどこだ。やけに埃くさいな」
白煙と共に忽然と現われた胡散臭い格好のその金髪男は、あっけにとられている星矢と瞬の前で大きく伸びをしながら、日本語でそう言った。

「星矢。この人は誰? 知ってる人?」
何とか気を取り直した瞬の、当然といえば当然の問いに、尻餅をついたままの星矢が無言で首を横に振る。
瞬は、それで、この妙な出で立ちをした男が星矢の知り合いでないことを確認できたのだが、だからどうなるというものでもない。
次に自分がどういう行動に出るべきなのかが思いつかず、瞬は、大量のひまわりの花を両手で抱えたまま、その場に突っ立っていることしかできなかった。

そんな瞬の姿を認めた金髪男が、じろじろと遠慮のない視線を、まるで値踏みでもするように瞬の上に注いでくる。
その視線の中で、瞬は居心地の悪さを覚え、ひどく気まずい気分を味わうことになったのだが、瞬がその不躾な視線に耐え切れなくなる前に、彼の値踏みは終わってくれた。

「……可愛い」
ぼそっと一言、金髪男が言う。
それが、彼が瞬につけた値段らしかった。
それから彼は、自分の足元で尻餅をついている星矢にちらりと視線を走らせてから、
「俺のご主人様は、どちらですか」
と、瞬に向かって訊いてきた。

「ご主人様?」
「バナナの皮ですべって転んだのはどちらでしょう」
「俺」
星矢が、相変わらず尻餅をついた体勢のままで、短く答える。

「ちっ、やっぱり、あっちか」
金髪男は嫌そうに顔を歪め、いかにも不承不承のていで、星矢のいる方を振り返った。






【next】