「何でもお好きなことをお申しつけください、ご主人様」 言葉だけは丁寧だが、金髪男は見るからに やる気がなさそうである。 もっとも、彼に『ご主人様』と呼ばれた星矢は、自分がなぜ彼にそう呼ばれるのか、その理由すら わかっていなかったので、彼のやる気のなさを咎めることもしなかったが。 「何でも好きなことって――」 「この壺の半径5メートル以内の場所でバナナの皮ですべって転んだ者が、俺を壺の中から呼び出せて、俺を好きに使えることになっている」 やはり、この金髪男は、あの青銅の壺から出てきたものらしい。 そして彼は、早々に、彼の『ご主人様』に対して丁寧語を使うことをやめてしまったようだった。 「アラジンの魔法のランプの精みたいだね」 メルヘンを信じることのできる性質の瞬が、見知らぬ男の説明になっていない説明を聞いて瞳を輝かせる。 「ハ○ション大魔王じゃねーか、どっちかってーと」 星矢は、やっと立ち上がる気になったらしい。 「それにしたって、その大魔王を呼び出す方法が“バナナの皮ですっ転ぶこと”なんてのは、間抜けすぎだぜ」 その間抜けなことをした当人が他ならぬ自分だということに、星矢は気付いていないようだった。 「でも、星矢がバナナの皮で転んでよかったね。中に人がいるのを知らずに水を入れちゃってたら、この人、中で溺れちゃってたかも」 瞬が、馬鹿馬鹿しいほど珍妙不可解なこの状況に、妙に現実的な仮定形を持ち出す。 星矢の脳裏には、ふと『天然』という単語が思い浮かんだのだが、問題の金髪男はそんな失礼なことは考えなかったらしい。 彼はむしろ、自分が瞬に『この人』呼ばわりされることの方が気掛かりだったらしく、溺死云々の件には触れずに、相変わらずひまわりの花に埋もれている瞬に自らの名を名乗った。 「俺の名は氷河という」 氷河の名乗りに瞬が頷いて、すぐに自分の発言を修正する。 「氷河が溺れちゃってたかも」 氷河は、瞬の素早い対応に満足した様子を見せ、瞬もまた彼に笑顔を向けた。 星矢はといえば、この奇妙奇天烈な事態に全く動じていない瞬に驚き呆れ、そのせいで彼は、青銅の壺からハクシoン大魔王のように飛び出てきた男の存在を否定する機会を逸してしまったのである。 |