「その大絶賛がマズかったと言ったろう。瞬はおまえにセックスのことばかり褒められ続けたせいで、他の部分ですっかり自信をなくしてしまったんだ。多分」 「…………」 恵まれた幸運に狂喜して 舌が滑らかになりすぎていたことは認めるが、氷河は、紫龍の推察を素直には受け入れ難かった。 氷河は瞬をけなしたわけではなく、欠点の改善を求めたわけでもなく、ただ“褒めた”だけなのだ。 「俺がそっちの方ばかりを褒めたのは事実だが、瞬には、俺と同性だってこと以外、負い目に思うようなことは何もないじゃないか。瞬が可愛いだの、優しいだの、強いだの、今更 言わずもがなのことを褒めたって、何にもならない」 「わからない奴だな。その、言わずもがなのことに言及しなかったのがマズかったんだ。おまえは言わずもがなと思っていたとしても、瞬は言われなければ わからないじゃないか」 「…………」 そこまで言われてもまだ、氷河は自分の失敗を認められずにいた。 瞬の“言わずもがな”の分野に関して、確かに氷河は言及はしなかった。 が、彼は、決して、瞬の他の部分をけなしたわけではないし、軽んじたこともなかったのだ。 そんな氷河に、紫龍が肩をすくめる。 「あのなあ。人間、自分の得意分野や自慢に思ってることを褒められるのと、不得意分野や弱点と思っていることを褒められるのと、どっちを喜ぶと思う」 「自信のないところを褒められたら、自信回復につながるだろう」 「それが間違いだ。自分が自信を持てていないところを褒められても、人は素直に信じられないようにできている」 「そんなことは……」 なおも食い下がろうとする氷河を、紫龍は片手をあげて制した。 「星矢に、『おまえは落ち着きがあって頼り甲斐がある』と言うのと、『諦めることを知らない その不屈の闘志には呆れかえる』と言うのとでは、どっちが より効果的な持ち上げ方だと思う?」 その答えはすぐに返ってきた。 当の星矢本人から。 「どーせ俺には落ち着きなんかねーよ!」 星矢は、彼の不得意分野への賞賛を、即座に誹謗と受け止めて 口をとがらせてしまったのである。 ここまで明白な回答を示されてしまっては、さすがの氷河も、紫龍に食い下がり続けることは不可能だった。 「……じゃあ、俺はどうすればよかったんだ」 氷河はやっと虚心に他人の意見に耳を傾ける気になったらしい。 紫龍は苦笑に似た笑みを唇の端に刻んだ。 「おまえは、瞬が自信を持っていることや自慢に思っていることを見付けて、そこを褒めてやればよかったんだ」 「自慢? それは何だ――どこだ」 氷河は真面目に、瞬が“自慢に思っていること”というのがわからなかったのである。 氷河にとって、瞬は、外見から中身まで賞賛に値する部分だけでできている人間だったが、あの瞬が自分の顔や性格に自信満々でいるとは思えない。 氷河は、自分が瞬の何を褒めればいいのか、まるで見当がつかなかった。 「そこは当人に訊いてみるのがいちばんだろう」 そう言って紫龍が掛けていた椅子から立ち上がり、半開きにしておいたラウンジのドアを開ける。 そこに瞬が立っていた。 こうなることを見越していた紫龍は、白目を剥きつつも賢明に、最初から瞬をそこに待機させていたらしい。 氷河の大絶賛の意図を知ったせいか、瞬はもう泣いてはいなかった。 |