SWEET MEMORIES






かろうじて都内ではあるが、都心から外れた場所に広大な敷地を有している その学園は、融通の利く学校ということで有名だった。
そのため、在籍する生徒・学生たちもバラエティに富んでいる。
帰国子女の編入が多く、日本国籍を有していない生徒の入学も比較的簡便。
運動能力に秀でた者、高い学力もしくは知能あるいは財力を有する者、学芸方面で既に勤労している者等々、様々に特殊な事情を抱えた生徒たちが、その学園内には多数いたのである。

母体は大学で、少子化による大学生き残り競争が激化するこの時代にも それなりのレベルを保ってはいたが、当該学園が その母体を無視して『小中高一貫教育』を前面に打ち出しているのは、高等部での成績上位者たちが外部の大学に進むことが多いからだった。

校風は、至って自由。
小学生から大学生までが同じ敷地内で学園生活を送っているため、学年や小中高大の学制を超えた交流も盛んだった。


――そういう学園の昼休み。
初等部には給食があるので小学生たちの姿はなかったが、中等部高等部に在籍する生徒たちと 大学に籍を置く学生たちは、敷地内に数ヶ所あるレストランやカフェテリアで、時にはテーブルを同じくして食事をとることもある。

カレンダー上では盛夏にも関わらず、さほど暑くないその日、カフェテリアのオープンテラスで昼食をとっていた氷河は、同席していたエリスの、
「また、氷河を見てるわよ、あの子」
という言葉で、ゆっくりと自分の注意を自分以外のものに向けることをした。

まず最初に、彼は、自分に同席者がいることを思い出した。
エリスの他にも二人――要するに、いつもの面々が――彼が座っている丸テーブルの他の席を占めている。
それから氷河は、無言で、エリスが横目で示した方向にちらりと視線を巡らせた。

そこには、中等部と高等部の敷地を形ばかり隔てている小さな林があった。
林と言っても、それを形成している樹木は申し訳程度に植えられている白樺やブナばかりである。
それぞれの木の横にベンチが幾つも置かれているのは、弁当持参組やハイキング気分で昼食をとりたい者たちへの、学園側の配慮だった。
問題の人物は、その林の樹木の陰から、カフェテリアにいる氷河の姿を追っていたらしい。

「また?」
氷河が短く問い返したのは、彼がその不審人物の話を聞くのはこれが初めてだったからだった。
フレアが、オレンジジュースの入ったグラスのストローを弄びながら、軽く頷く。
「私が気付いたのは先週だけど、それ以前からずっとだったみたい」
「氷河の本性を知らずに外見だけ見て、王子様とでも思っているのよ、きっと」
どう考えても侮蔑の念を含む微笑を、決して下品なものにしてしまわないナターシャに、氷河はいかにも気乗りのしていない態度で尋ねた。
「俺の本性とは何だ」

「無関心無感動無責任、かしら。あと、無愛想もね」
ナターシャの代わりにフレアが氷河の問いに答える。
それから彼女は、少々少女趣味な造りの可愛らしい顔に 言葉の毒を全く現さず、にっこりと微笑んでみせた。
「なんだか すごく初心うぶそうな子。氷河、手を出しちゃ駄目よ」
ナターシャが釘を刺してきたが、彼女が釘を打ち込んだ先はどうやら糠の中か何かだったらしい。
彼女は、氷河から手応えのある反応を得ることはできなかった。

「お子様だろう。中等部の」
すぐに木の陰に隠れられてしまったために、その姿を明確に捉えることはできなかったが、問題の人物は、氷河の目に、随分と小柄な体躯を有した人間に見えた。
「でも、かなり可愛い子よ」
エリスがそう告げた時、氷河たちのいるカフェテラスから50メートルほど離れたところにある木の陰で、また人影が動き、そしてすぐに引っ込んだ。
その様を見た氷河の同席者たちが、さざなみのように笑う。

彼女たちがまた悪い癖を出すのではないかという、あまり楽しくない予感を覚えて、氷河は微かに眉をひそめた。
彼女たちは、少女らしい恋の夢を思い描き憧れている純真で愚かな子羊に、現実の厳しさを思い知らせる行為を好む、非常に困った者たちなのである。

彼女たちはいつも、
「私たちは、氷河なんかに憧れている気の毒な子の目を覚まさせてあげてるのよ」
と、実に陽気に主張してくれていた。
その手段には少々 問題があるかもしれないが、それは意地悪などではなく、あくまでも親切心から出た行為だと言い張るのである。

彼女たちは、かなりの部分で本気で、そう思っているようだった。
実際に彼女たちの行為は結果的には親切になっているのだろうと思うから、氷河も彼女たちのすることをやめさせようとしたことはない。
氷河自身、言葉を交わしたこともない相手に勝手に夢を見ていられるようなおめでたい人間の相手をさせられるのは迷惑だと思っていたし、彼はそういう幸せな人間があまり好きではなかったのだ。






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