空になったランチボックスへの未練を断ち切るためというのでもないのだろうが、突然ナターシャが口を開く。 そして 彼女は、彼女の友人たちに思いがけないことを語りだした。 「ねえ、私、今気付いたんだけど、あの子、男の子なんじゃない?」 「え? まさか」 「だって、男子の制服を着てたじゃない」 「そうだった? 顔しか見てなかったわ、私」 「不思議な視力の持ち主ね、あなた」 ナターシャが呆れたようにぼやく。 だが、この美味な弁当の作り主の名や素性を確かめようとせずにいたのは、ナターシャとて同じだったのだ。 「私も思い出したけど……リボンタイじゃなくて、ネクタイだったような――」 「てことは高等部? 高校生なの、あの子?」 「中学生でしょ、あの顔は」 「瞳が嫌味なくらい大きいから、実際より子供に見えるのよ」 「大きいからじゃなく、澄んでるからでしょ」 エリスの指摘に、フレアとナターシャが黙り込む。 それは彼女たちにとって、癪に障ると同時に、どこか遣り切れない事実でもあった。 「要するに、あの子は、男の子のくせに男の氷河を好きになって、手作りおべんとでアプローチしてきたわけ?」 「つまんない どころか、なかなか面白い人材なのかも」 「そんな変な子には見えなかったけど。おとなしそうで地味な普通の子」 「思い詰めて思い詰めて、勇気を振り絞って行動に出た、ってことでしょ。今までいくらでもいたじゃない、氷河の毒にやられた そういう子」 「みんな私たちが撃退したけど」 「私たちって親切だから」 「放っておけばいいのにね……」 自嘲気味にそう言ってから、エリスは氷河に向き直った。 「でも、氷河。あの子には冷たくしちゃ駄目よ」 それまで完全に氷河を無視していた3人が、初めて自分たちの婚約者に目を向ける。 ちょうど席を立とうとしていた氷河は、その機会を逃すことになって、僅かに片眉を歪ませた。 「さっきまでと、えらく態度が違うな」 「敵が男の子となったら、話は別よー」 「こんな面白いシチュエーションは初めてだし」 「お弁当もおいしいし」 「俺は一口も食っていない」 氷河は決して、自分のために作られた手作り弁当を横から奪われたことを恨みに思っているわけではなかった。 ただ彼は、見知らぬ人間が作った弁当に妙に固執している3人に、余計な面倒を押しつけられたくなかったのである。 『心臓を止める』とまで評した生ハム製の不気味な顔まで、彼女たちは綺麗に平らげ、そこに残っているのは、毒の色をした2つのドロップのかけらだけ。 氷河の嫌な予感も、当然のことではあった。 |