氷河の婚約者たちの親切な・・・仕打ちに、瞬はすっかりしょげてしまっていた。
否、彼女たちのせいではなく――自分が非常識なことをしてしまったのだということを認めざるを得ない事実に、瞬は打ちのめされてしまっていたのである。

だから、突然その3人が自分の前に現われ、その上、
「ねえ、あなた。氷河があなたの作ったお弁当を明日も食べたいんですって」
――などと言い出した時には、瞬は、彼女たちの真意が全く理解できず、瞳を見開くことしかできなかったのである。

昼休みは既に半分以上が過ぎてしまっていたが、ベンチに腰掛けた瞬の膝の上に置かれた彼のランチボックスの中身は ほとんど減っていなかった。
チャーハンの上に氷河の顔がないこと以外は、自分たちを魅了した あの弁当と全く同じメニューのそれを見て、3人はごくりと唾を飲み込んだのである。

とうの昔に自分の弁当を食べ終えて、傷心の瞬を慰めていた星矢が、そんな3人に胡散臭そうな目を向ける。
僅か数時間前に、瞬の作った弁当を毒入り弁当呼ばわりした人間たちが、涼しい顔でそんなことを言ってのけることが、その神経が、星矢には信じられなかった。

だが、彼女たちは無神経なのではなく、厚顔無恥なわけでもなく――ただ、彼女たちは、自分たちが間違ったことをしたという意識を持っておらず、ゆえに罪悪感を抱いていないというだけのことだったのである。

「作ってきてくれるかしら?」
「あ……はい、あの、でも……?」
瞬の反問を勝手に承諾の言葉と決めつけて、フレアが身を乗り出す。
「じゃあね。じゃあ、明日のおべんとのデコレーションは私の顔でお願い。ナターシャに聞いたんだけど、氷河の顔を作っていたあのハム、ただのハムじゃなかったんですって? ちゃんと味付けがされてたって」
「あ、フレア、ずるいー! じゃ、あさっては私の顔ね」

「は……い、あの、でも……」
見知らぬ人間の手作りの食べ物など危なくて食べられないと言っていたことを すっかり忘れているふうの3人に、瞬は困惑してしまったのである。
当人に頼まれたからといって、そんな“非常識な”ことをしていいのか、と。

瞬の戸惑いを見てとったナターシャが、無理矢理その場に引っ張ってきていた氷河を、まるで人身御供のように瞬の前に突き出す。
「氷河、あなたがお願いしなくちゃ、話にならないわ!」

「――」
そんなことを言われても、氷河は口を開く気にはなれなかった。
彼がここまで引っ張られてきてやったのは、そうしないと、彼女たちが養鶏場のニワトリのようにうるさく騒ぎ立てることを承知しているからに過ぎなかったのだ。

しかし、彼の婚約者たちは、もちろん氷河のそんな思惑など綺麗に無視してのける。
「氷河って、意外に奥ゆかしいの」
「ほら、頼んでちょうだいってば」
「私たちが頼んだって、作ってきてくれるわけないでしょ! この子はあなたが好きなんだから!」

半分怒鳴りつけるようなエリスのその言葉に、瞬が頬を真っ赤に染める。
氷河は、その時初めて、まともに瞬の顔を見ることになった。
つい先刻エリスが言っていたように、嫌味なほど澄んで大きいその瞳を。
氷河は、はるか以前の幼い頃に自分が失ってしまったものを その内に保ち続けている瞬の瞳に、反発を覚えた。
同時に、ひどく懐かしい気持ちが湧いてくる。

氷河は結局、その瞳を見詰めるだけで、瞬には何も言わなかった。
だが、瞬にはそれだけで十分だった。
「あした……明日もおべんと作ってきます、4人分!」

瞬はほとんど反射的に、氷河と彼の婚約者たちにそう約束してしまっていたのである。
人のいい瞬に、星矢が彼の横で盛大な溜め息をついた。






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