「そうだ、“瞬”だ……」

『故国に帰ったら、あなたは大切な人と再会する。それはあなたの運命の人で、その人に出会うことであなたは幸せになれる。だから――』
瞬には、それが“再会”だとすぐにわかったのだろう。
これほどに美しい思い出をどうして忘れていられたのか――今となってみれば、氷河はそれが不思議でならなかった。
氷河より年下の瞬が憶えていたというのに。

だが、それも致し方ないことだったかもしれない。
大人たちによって瞬と引き離されたあと、氷河の身の上にはあまりに多くのことが――不愉快なことばかりが――降りかかってきて、氷河はそんな世界で生きていくために、思い出の中に逃げ込むことさえできずにいたのだ。

「プロポーズしたことがある――って誰に」
突然自失したように虚空に視線を向けてしまった氷河に、彼の3人の婚約者たちが尋ねてくる。
だが、氷河の耳に、彼女たちの声は聞こえていなかった。
「瞬……」

星矢――も同じ施設にいた。
彼は、彼の実姉を養女にしていた夫婦の許に、氷河より先に引き取られていった。
おそらく彼は、当時を忘れてしまっていた金髪の男と同じように、この学校で瞬と再会したに違いない。
そして星矢は、同じ施設で暮らしていた泣き虫の仲間を憶えていたのだ。


氷河は、音を立てて掛けていた椅子から立ち上がった。
そして、彼の3人の共犯者たちに尋ねた。
「おまえら、俺にプロポーズされたら、本当は困るな?」
「そりゃあ、困るわ。私たちが氷河のいちばん嫌いなタイプだってことはわかってるし」
「でも、氷河が決心せずにいる限り、私たちは自由でいられるから」
「氷河とのことがなかったら、私たち、高校を出た途端にどっかの馬鹿息子と婚約させられて、短大にでも押し込められて、卒業したらすぐに結婚――なんて最悪のパターンもありえるんだもの」

彼女たちの都合はわかっていた。
わかってはいたのだが、氷河は自分を抑えることが――自分を騙し続けることが――これ以上できそうになかったのである。

「すまんが、俺は糞親父との約束を反故にすることにした。おまえたち、今後の自分の身の振りは自分で考えてくれ」
今ここで瞬を再度失うことになったら、自分が永遠に失ってしまうものは瞬だけでは済まないような気がした。

「俺は一生に一度のプロポーズを、瞬にしたあとだったんだ」
「えええええーっ! 氷河ってそういう趣味〜っ !? 」
「そういう趣味だ」
言うなり氷河は駆け出していた。
僅か50メートルしか離れていない、だが、これまでの彼とは違うものが住む世界に向かって。






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