翌日、何も知らない仲間たちの前で――もしかしたら気付いているのかもしれないが、その事実を知らせてはいない仲間たちの前で――昨日までと同じ表情を保ち続けることに、瞬は苦労した。
万一そのことが仲間たちにバレていた場合、昨日の今日で 口許をほころばせている様など見られたら、星矢たちに何と言われるかわかったものではない。
昨日と今日とで自分は何も変わっていない振りを懸命に続けながら、氷河と二人きりになったら、必死に耐えた今日の自分を彼に褒めてもらおうと、瞬は、そんなことをこっそり考えていたのである。

その苦難の一日も そろそろ終盤。
夕食後、いつもと同じようにダイニングルームから移動した先のラウンジで、いつもと同じように時を過ごしながら、瞬はちらちらと氷河の様子を窺っていた。
こういう場合、そういう二人は何を合図にして二人きりになろうとするものなのだろう。
普段通りにしていれば氷河が誘ってくれるのだろうか? と、そんなことを思いつつ、瞬は星矢の話に上の空で相槌を打っていた。

だが氷河は一向に、彼が掛けているソファから腰をあげようとしない。
やがて瞬は、自分が何かを間違えているのではないかという不安に捉われ始めたのである。
もしかしたら氷河は、彼のパートナーが自室に戻るのを待っているのかもしれない。
それを追って、彼自身も席を立ち、二人がそれをする場所で落ち合うつもりでいるのかもしれない。
改めて思い返してみるまでもなく、そもそも昨夜がそうだった。

そうとわかれば、善は急げ、である。
佳境に入っていたお喋りの腰を折られることになって あっけにとられている星矢をその場に残し、瞬はラウンジを飛び出した。
そして、自分のベッドを椅子代わりにして腰をおろし、そわそわしながら氷河の登場を待ったのである。

1分、2分、5分、10分、 30分、1時間。
氷河は来ない。
一日千秋の思いで夜の訪れを待っていた瞬には、たった一人で氷河の訪れを待つ1分間が 永遠よりも長い時間に感じられた。

その永遠が120回。
氷河の来訪を待ちに待ち続けて、ほぼ2時間。
それだけ待ってから瞬はやっと、その事実を認めなければならなくなってしまったのである。
こんなにも氷河を待っている自分の許に、彼は来てはくれないのだ――という事実を。

日付は既に翌日になっていた。
一縷いちるの希望を抱いて自室を出た瞬は、深夜のラウンジにもう誰もいないこと、そこにあるのは事故防止用の小さな常夜灯の明かりだけだということを――それだけを――確認できた。
つまり、氷河は彼の部屋で、彼のベッドで、既に眠りに就いてしまったのだ。
認めたくなくても認めざるを得ない、それが現実。

期待が大きかっただけに、瞬の落胆もまた大きかった。
それは、好き合っている者同士がすることである。
しかも素晴らしく気持ちのよいことである。
そして、氷河は以前からずっとそれをしたがっていた。
当然それは、一度その行為の楽しさを知ってしまった者たちの間で 毎日行なわれるものなのだろうと、瞬は思い込んでいた。
それは 自然なことではないか。

だというのに――。
だというのに、これはいったいどういうことなのだろうと、物音ひとつしない深夜のラウンジで、瞬はひとり途方に暮れてしまったのである。






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