どんな力仕事も愚痴一つ言わずに笑顔でこなし、休憩時間には綺麗な白い手で冷たい麦茶を仕事仲間に配り、しかも、へたな芸能人より恵まれた容貌の持ち主である美少女(多少の事実誤認あり)が、グラードマンション十二番館建設現場のアイドルになるのに さほどの時間はかからなかった。 「嬢ちゃんはいつも一生懸命で、見てて気持ちいいねー。ウチの若い奴等の嫁になる気はないか?」 「は?」 「親のいないのなんて気にしない、気のいい奴ばかりだぞ。あっちの方も、なにしろ身体を鍛えてあるから並み以上だ」 グラードマンション十二番館建設現場に咲いた可憐な一輪の花――は、仕事開始3日後には早々に縁談話が湧いてくるほど――特に昭和中期のドラマ好き土方氏(仮名)に気に入られていた。 「あっちの方?」 「ボスは労働基準法以外の法律も気にした方がいいっす。今はセクハラとか言われますから、こんな若い女の子にそんなこと言っちゃいけないんですよー」 「お、そうなのか? すまんな、労働三法なら全文暗記してるんだが」 「ボスはインテリだからな〜。俺、尊敬してるっす」 「俺をおだてても何も出んぞー」 ここはN○K連続テレビ小説の世界か? と言わんばかりにありがちな会話が飛び交うグラードマンション十二番館建設現場で、瞬は懸命に働いた――働き続けた。 ――のだが。 そもそも、たかが100キロ200キロの鉄筋コンクリートを運ぶ作業が、鍛えぬかれた瞬の細腕に大きな負荷となり得るはずがなかったのだ。 瞬は、マンション建設現場での仕事でくたくたになることはできず、もちろん、本来解消したかった苦しみから逃れることもできなかった。 瞬の苦しみの根本を形作っているものは、実は肉体的な欲望の噴出ではなく、瞬の苦しみをよそに氷河が平然としていること、だった。 つまり、瞬は、自分だけが氷河を求めているのだと思わずにいられない現状が、寂しく悲しく、そしてつらかったのである。 だが、気のいい仕事仲間たちと親しみを増すにつれて、瞬のその満たされなさの幾割かは、彼等の優しさが忘れさせてくれるようになっていた。 その証拠に瞬は、耐え抜いた末に巡ってきた10日目の夜、氷河にそれをねだることをすっかり忘れてしまっていたのである。 |