瞬の涙ながらの事情説明を聞いて、氷河もあっけにとられたが、グラードマンション十二番館建設現場の皆さんは氷河以上に呆れかえることになったのである。
周囲の人々のそんな思いになど気付きもせず、瞬はひたすら切々と自らが耐えに耐えてきた苦痛と悲痛を訴え続けていた。

「僕、一生懸命我慢してたんだ。じゃないと、毎日朝から晩まで一緒にいて……して……って、氷河に我儘言っちゃいそうだったから……」
一度人前で泣いてしまうと、瞬にはもはや恥ずかしいことはなかった。
涙は、恥ずかしいという気持ちの輪郭をぼやかしてしまうものである。
通常の判断能力を有していれば決して他人に公言しないようなことを、瞬は、涙の力に後押しされて、100人もの聴衆の前で切々と語ってしまっていた。

「そ……そういうのって普通じゃないことみたいだったし、氷河は僕と一緒じゃなくても平気そうな顔してるし、僕、どうしたらいいのかわかんなくて、だから……」
「俺が平気でいたはずがないだろう! だが、おまえに無理をさせるとわかっていることを、俺の方から やらせろやらせろと押しかけていくわけにはいかないじゃないか! 俺だって――」
無理に平気な顔をしていたが、本当はとても、
「したかった」
――のである。
「ほ……ほんと?」
「嘘だと思うのか」

『俺の目を見ろ、何にも言うな』とは何のフレーズだったか――。
あの夜以降一度も正面から見詰めることができずにいた氷河の青い瞳を 久し振りに見詰めた瞬は、そうすることで、氷河が何を求めているのか、そして、彼もまた無理に平然とした態度を装っていただけだったという事実を 確かめることができたのだった。



■ 「俺の目を見ろ、何にも言うな」 → 『 兄弟仁義



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