それから1時間後。
真夏のさなかに、突如アイススケートリンク状態になってしまったグラードマンション十二番館建設現場に、事態収拾のためにやってきたのは、畏れ多くも地上の平和と安寧を司る女神アテナその人だった。
彼女は、自分が凍らせたものを溶かす術を持たない白鳥座の聖闘士と、愛する者の命を救うためでもなければ本気で小宇宙を燃やせないアンドロメダ座の聖闘士に代わり、真夏の太陽にも溶かすことのできない頑固な氷を、それは鮮やかに溶かしてみせたのだった。

それから彼女は、傍迷惑な彼女の聖闘士たちの前に立ち、決然とした態度で彼等に命じたのである。
「事情はよくわかりました。では、グラード財団総帥にして、女神アテナの生まれ変わりであるこの私が、あなたたちに命じます。あなた方ふたりは、これから毎晩必ずそれをしなさい。必ずよ」

「えっ、そんなことしていいんですか!」
こんな不始末をしでかした聖闘士に何と寛大な裁定を下してくれるものかと、沙織の厳命を聞いた瞬は、喜びのあまり ぱっと顔を輝かせた。

「ただし、月曜日だけは休むこと」
沙織がまるで付けたしのように告げた言葉が瞬の耳に届いていたかどうかは 非常に怪しいところだったが、それはアテナの力によって自由を取り戻した土方氏(仮名)以下グラードマンション十二番館建設現場のメンバーたちの耳にはしっかり届いていた。

「休みが週に1回だけだってよ。女ってのは、きつい命令を平気で出すもんだ」
年齢のせいもあったろうが、アテナの寛大な裁きは、某土方氏(仮名)には過酷かつ厳酷な刑罰としか思えなかったのである。
もっとも、その過酷な罰則を受ける当の氷河と瞬は、彼女の命令に異議も異論もないようだったが。

「ただし、日中は、二人ともこの事態の責任をとって、このマンションが完成するまで、ここでブルトーザー並みに働くこと。こちらは休日なし、給料もなし。文句は一切受け付けません。いいわね?」
「はいっ!」
瞬は、その指示にも明るく元気よく頷いた。
46回/年で我慢しなければならないところを、313回/年まで許してくれるというアテナの慈悲深い裁定。
彼女の決定に文句をつけるなど、瞬には思いもよらないことだった。






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