人員不足のマンション建設現場に怪力の作業員が更に増えたことで、氷河の足封じ技の余波で大幅に狂った作業スケジュールは、いっそ気持ちよいほど迅速に遅れを取り戻し、むしろ、予定より1週間は早くマンションは完成しそうだった。

作業スケジュールに余裕が出てくると、そこで働く労働者たちの気持ちにも ゆとりが生まれてくる。
グラードマンション十二番館建設現場は、氷河という名のクレーン兼ブルトーザー投入以後、随分と無駄口の多い職場になっていた。

「嬢ちゃん、やっぱ、ガイジンさんってのはすごいのか? あっちの方」
「え?」
今では“あっちの方”の意味を知った瞬が、土方氏(仮名)の問いにぽっと頬を染める。
ちなみに、土方氏(仮名)のこの発言はセクハラにはならない。
氷河と毎晩“あっちの方”を実践できるようになった瞬は、彼の質問を全く不快に思うことがなかったからである。

「あっ……あの……すごいのかどうかは……。僕、氷河としか、そういうことしたことないし」
土方氏(仮名)に問われたことに、瞬は嬉しそうに恥ずかしそうに答えた。
「じゃあ、一度、俺と試して――」
脇から口を挟んできた土方氏(仮名)の部下Aの提案は、残念ながら、満ち足りた性生活に浮かれている瞬の耳には届かなかった。
「氷河以外の人とあんなことはできそうにないし……」
嬉しそうに恥ずかしそうに、瞬は自分の言いたいことだけを言い続ける。
幸せな人間というものは、往々にしてそういうものなのだ。

「……くっそー!」
そして、土方氏(仮名)の部下A以下、グラードマンション十二番館建設現場に咲く可憐な一輪の花を愛でていた健全かつ健康な労働者諸氏は、瞬が幸せそうにしていればいるほど、氷河への憎悪を募らせることになるのだった。

氷河は結果的に、グラードマンション十二番館建設現場のアイドルを 横からかっさらった大悪党なのである。
彼が現場のメンバーに嫌われ、憎まれ、やっかまれ、嫌味を言われ、極めて過酷な労働を強いられることになったのは、いわば 自然のことわり、当然の帰結だったろう。

が、無論、そんなことで彼はへこたれたりしなかった。
なにしろ、一日の仕事を終えて帰宅した夜には、瞬が彼を熱烈に求めて、昼間の重労働の疲れを綺麗に忘れさせてくれるのである。
人間は、それが楽しいことであれば、どれほど体力を要する作業にも疲れを感じないようにできている。
氷河に不満のあろうはずがなかった。






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