それは驚くべき経験だった。
瞬は、それを全て心で してのけた。
瞬は、五感の全てを心で牛耳る。
痛みを羞恥を欲望を、そして感情と感覚のすべてを喜悦に変え、目眩いのような混沌のすべてを心地良さに変換して、瞬は、彼が選んだ男の下で喘ぎ、のたうち、歓喜してみせた。

かつて、女の喜びは男の10倍であるとゼウスとヘラに証言し、罰せられると同時に栄誉を手にした予言者がいた。
その話を聞いた時、ハーデスは、その予言者の証言は正確ではないと思った。
その行為でより大きくより明確な肉体の歓びを得るのは、もちろん男の方である。
肉体の歓びが明確であるため、男はそれを心で感じることをおろそかにするのだ。

心の喜びは肉体の歓喜よりも曖昧として定義し難い。
肉体の歓びが明確でない女は、それゆえに、自分の意思でそれを定義し、形作り、本質の意味をさえ変えてしまう。
女は、考えようによっては ただの暴力でしかないその行為を自分の好むものに変貌させる力に長けているのだ。

瞬はそれをしてのけた。
おそらく、世のどんな女たちよりも巧みに。
金色の髪の男に対する信頼や不安のなさが、瞬のその作業を容易にしたのだろう。
瞬は驚くほど大胆に、それを“良いだけのもの”に変えてみせた。
瞬はまるで感覚の錬金術師、その身の内に賢者の石をひそませているに違いない――とハーデスは思ったのである。

瞬を組み敷いている男もまた、瞬の陶酔に引きずられているようだった。
たとえ彼に享受できる歓びが瞬の10分の1にすぎなかったとしても、冥界の王に選ばれるほどの者を我が物にする喜びが、それを10倍にしてのけたにちがいない。

ひと時だけなら、人間はエリシオンの園を作れるのかもしれない。
生々しい肉の触れ合いを、ここまで美しい行為に変えてしまう瞬の意思の力に、ハーデスは驚嘆した。
自分の中に注ぎ込まれる男の欲望の残滓さえ、瞬はその心の中で、永遠の命と若さを約束する神々の酒ネクタルに変えてしまったのかもしれない。
それ・・が終わったあとの瞬の美しさと輝きは 尋常のものではなかった。
これ・・と同化するのもいいが、己れの本来の肉体で交わるのも楽しいかもしれないと、ハーデスに思わせるほどに。
ひどく満ち足りた様子で瞬の肩を抱き寄せる金髪の男に、ハーデスは妬みを覚えた。



■ 予言者 →  テイレシアス



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