世界を滅ぼす力――を、ハーデスはまだ有していた――残っていた。
死を支配する力は絶大である。
人間が命というものを持つ存在である限り、彼らにとって肉体の死は逃れられない力なのだから。
人間が世界に存在する限り、冥界の王の力は決して失われることはないのだ。
この非力な蜂どもを握りつぶしてからゆっくりと、その答えを出そうとハーデスが考え始めた時、瞬がこの至福の園にやってきた。

「アテナ、星矢、兄さん、紫龍……氷河」
瞬が彼の仲間たちを呼んでいる。
その声の温かさに、ハーデスの心は揺れ、そして気付かされた。

ハーデスにとって瞬は、この世界にその生が存在し始めた時から片時も目を離さずに見詰め続けてきた唯ひとりの人間――唯一の存在だった。
その命の成長を見詰めている時間が、闇の中に存在することを余儀なくされていた冥界の王にとってどれほどの慰めであったことか。

見詰め続け、見詰め続け――そして、いつか見詰め返してほしかった。
瞬が持つ強大な力に気付く以前から、自分は瞬を支配したいのではなく、気付いてほしいと望んでいた。
瞬に向け続けていたまなざしに気付いてほしかったのだ。
ただそれだけ。

ただそれだけのこと――を自覚したその瞬間に、ハーデスは、己れの持つ力のすべて、世界を支配し得る力のすべてを解放していた。






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