星矢が沙織に信を置いている理由の一つに、彼女は決して嘘をつかない――それが耳に心地良いものであれ不愉快なものであれ――というのがあった。
星矢は沙織のその言葉を聞くなり真っ青になって、まるで怒鳴りつけるような勢いで瞬に尋ねたのである。

「瞬っ、これが誰だかわかるかっ !? 」
星矢が指し示す指の先には氷河がおり、ほとんど同タイミングで、
「氷河、瞬を憶えているかっ !? 」
と怒鳴った紫龍の指の先には瞬がいた。

「わかるか……って、なに言ってるの。わかるよ。氷河でしょ」
「憶えているかとはどういう意味だ。俺には健忘症の気はないぞ」
氷河と瞬が非常にあっさり、気が抜けるほど危機感のない口調で、星矢たちの期待(?)を裏切る答えを返してよこす。

「じゃあ、一輝って誰だ」
「僕の兄さん」
「マーマとは」
「ごく一般的な代名詞だが、この界隈では俺の母親のことを言うらしいな」
「なら、大穴でアンドロメダ島の女聖闘士」
「ジュネさんがどうか?」
「カミュはどうだ」
「我が師がどうかしたのか」
「…………」
とりあえず思いつく限りの名前を羅列し終えた星矢と紫龍が、互いに顔を見合わせる。
二人は二人にとって“大切”と思える人たちの存在を忘れてはいないようだった。

「えーと、じゃあ、こちらにおわすお方をどなたと心得る?」
なんとか気を取り直した星矢が彼等のアテナを手で指し示すと、瞬はそれにもあっさり正解を返してきた。
「沙織さん」

「もしかすると、人間に限ったことではないのかもしれないぞ。氷河、“地上の平和”とは何か知っているか」
「俺たちが守るべきものらしいが」
「ならさ、俺たちが誰かわかるか」
「星矢も紫龍も、さっきから何言ってるの」
「…………」

氷河と瞬が忘れてしまったもの。
彼らにとっていちばん大切なもの。
これまで幾度となく命を懸けた闘いを二人と共にしてきた仲間たちにも、彼等のそれが何なのか皆目見当がつかなかった。






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