「あの二人が忘れているのは、要するに、自分が愛されていること、だ。おそらく」 「はあ?」 紫龍は自分が辿り着いた答えに確信を抱いているようだった。 紫龍の言を にわかには理解しきれなかった星矢が、少々間の抜けた声を洩らす。 「自分が惚れられていることを忘れているんだ。瞬は、氷河が瞬を好きでいることを忘れていて、氷河は、瞬が氷河を好きなことを忘れている」 紫龍の説明を受けた星矢は、紫龍の推測の内容を 言葉の上でだけは理解した。 だが、星矢は、その“理解”を“納得”に至らせることまではできなかったのである。 「愛されてること――って……。そりゃ違うだろ。あの二人、確かにお互いに好かれ合ってることに幸せぼけしてるようなとこはあったけど、それでも、もし そういう“忘れもの”がありなのなら、あの二人が忘れるべきなのは“愛してること”の方なんじゃねーの? “愛されてること”は2番目だろ?」 氷河と瞬に関して、別の意味で星矢はそう思った。 氷河は何よりも自分の意思と感情がいちばんで、自分が他人にどう思われているのかということは、基本的に二の次三の次の男である。 そして瞬は、自分が愛されていなくても他者を愛することのできる人間だった。 少なくとも星矢は、二人をそういう人間だと理解していた。 星矢のその見解には紫龍も反対意見を持ってはいないらしい。 「だから、あの花のせいで忘れてしまう“いちばん大切なもの”というのは、忘れる当人がその主観で最も大切だと思っていることではないんじゃないかと、俺は思うんだ。もっと客観的な――しいて言うなら、神の視点で見て、その人間にとっていちばん大切なもの――それがないと死ぬとか、それを忘れるとその人間がその人間でいられなくなるものとか、あるいは、不幸になるとか、そういう類のことなんじゃないかと思う」 「うーん……」 星矢の喉の奥から、わかったようなわからないような呻き声が洩れ出てくる。 紫龍は星矢に理解と納得を促すために、更に言葉を噛み砕いた。 「自分が他の人間に愛されていることを忘れてしまったら、それはこの上ない不幸だろう。人によっては、生きている意味さえ見失うような――。まあ、世の中には、それを忘れる以前に、気付いてもいないような馬鹿者もいるようだが」 そういう人間は、おめでたくはあるが、やはり不幸である。 しかし、氷河と瞬はそこまでおめでたい子供でもない。 「……それってマズくないか?」 「大いにマズいだろうな」 星矢がやっと現状の真の問題を理解するに至る。 おめでたくない二人――愛されることの価値と幸福を知っている二人――がそれを奪われてしまったら、彼等の不幸はまさに底なしである。 問題は、そういうこと――そこにあったのだ。 星矢と紫龍は即座に、この事態を引き起こした張本人、彼等のアテナのもとに急行した。 |